元社長秘書ですがクビにされたので、異世界でバリキャリ宰相めざします!【番外編】

 
『どうして僕にはお父さんがいないの? 僕はどこで生まれてどこからやってきたの?』

それはまだ彼がトリップする前――本当の彼であったころの記憶。

物心ついたときから家族は母親しかおらず、住居は集合住宅の一室を間借りして暮らしていた。

彼は自分が何者かを知らなかった。どんな父親がいてどんな血筋なのかも、どこの出身で何故今この街で暮らしているのかも。

第一次世界大戦中から、ドイツはナショナリズムに沸いていた。自分も胸を張ってドイツ人だと言いたいのに、母は息子に彼のルーツを教えてはくれなかった。

幼いながらナショナルアイデンティティが持てないことに彼が怯えを抱き始めたとき、母は彼を抱きしめて言った。

『血筋も国も関係ないわ。あなたは私の愛する息子。今はそれで充分。そしていつか大人になったとき、自分で自分が何者になるかを決めなさい』

あれからもう三百年以上が経つというのに、あのときのぬくもりと安心感を彼は今でも鮮明に覚えている。

それは愛されているという自信。そして未来は無限の可能性に溢れていて、自分は何者にでもなれるという希望。

彼は幸せだと思った。自分のルーツもナショナリズムも分からなくとも、母が抱きしめてくれる限り自分は強く生きていける。そう確信した。

『じゃあお母さんは? 何になったの?』

抱きしめられた腕から抜け出し無邪気に尋ねた息子に、母は柔らかな笑みを浮かべて答えた。

『私は愛する息子を持った幸福な労働者よ』

自分の力で得た幸福を誇りにして生きるその姿は、女神のように気高く美しく息子の目に映った。