トリップをしてから三百年以上生きているのだ。恋の駆け引きも身を焦がす情熱も、とっくの昔に飽きて興味を持てなくなっている。
それに加え、メッテルニヒは結婚し子を残すことを忌避していた。
自分は誰かに成り代わることで永遠に死ねない魂を持つ。時が流れ自分は何ひとつ老いてゆけないのに、子が着実に年をとり死んでゆくのを見るのは、何回繰り返しても心が裂かれるようだった。
だから、歴史によほど大きく影響しないかぎり、彼は結婚も子を残すこともしないと決めている。
この〝クレメンス・メッテルニヒ〟もそうだ。本来の彼は人生で三度も妻を娶り、愛人を幾人も作っては庶子まで残しているのに、成り代わった自分は結婚すら一度もしていない。
これだけの地位と名声と美貌なのだから結婚も愛人も引く手は数多だったが、彼はのらりくらりとそれを交わし続けてきた。
このまま未婚を貫いて〝クレメンス・メッテルニヒ〟の人生を終えるはずだった。
けれど――偶然拾ったアウトサイダーの女が、彼の心で朽ちかけていた感情を再び目覚めさせた。
『私はこの世界で秘書としてひと花咲かせるって決めたんです』
そう言ってこちらをまっすぐ見据え、ためらいなく一本目の指を掴んできたツグミを見たとき、メッテルニヒの背がゾクリと震えた。
男装することも厭わず自分の道を決めた彼女を前に、胸躍るような高揚感と――懐かしい愛しさが、メッテルニヒの胸を占めた。


