「お待たせしました」
程なくしてトレーを抱えたアリサさんがやってくる。
手編みのコースターを敷いて、その上に取手のついたメイソンジャーが置かれた。
茶葉の香りとフルーツの香りを、透き通った色味を見つめながら鼻いっぱいに吸い込む。
岩井くんにはアーガイル柄のマグカップが渡されて、縁が同じ柄のプレートがふたつテーブルに並ぶ。
外側がタルト生地のベイクドチーズケーキ。
ミントと三種類のベリーが添えられている。
「美味しそう……」
思わず、アリサさんがまだそこにいるのに呟きをこぼす。
アリサさんは柔らかく微笑んで戻っていった。
その後ろ姿を目で追っていると、片肘をついてさっそくチーズケーキにフォークを割り入れる岩井くんの視線を感じた。
「悪かったな」
「へ……?」
まさか、悪かった、なんて言うと思わなくて。
まだ持ってもいないフォークを取り落としそうになる。
「知り合いがいるところに連れてきて。だけど、幼馴染みの贔屓目抜きで全部美味いからさ、やっぱりここだなって思ったんだ」
ほろりと崩れたタルト生地の欠片を器用にフォークの先端にのせて、岩井くんは目を伏せた。
わたしのカップの下に敷かれたコースターの編み目辺りを彷徨っているであろう瞳がこちらを向くことはない。
「ありがとうございます」
お礼を口にすると同時に、カップに口をつける。
傾けるよりも先に鼻腔を満たした香りに期待は高まる。
こくりと一口仰ぎ飲んで、その飲みやすさにカップを離すことなくもう一口。
「……美味しい」
食べたもの、飲んだものに対して素直にそう零してしまうことって、なかなかないと思う。
連れてきてもらったから、だとかそんなのは抜きで、一度その味を占めた舌や喉がフルーツティーを欲してる。
心地よい乾きを訴える口内に意表を突くべく、今度はチーズケーキを一口大に割る。
ほろりと崩れたボトム部分を惜しみながらも、フォークについてきたかたまりを口元へ。
迎え舌になっているかもしれないけど、そんなことに構っている余裕はなかった。
考えている間にも、チーズケーキは口の中。
濃厚すぎて噎せそうになる。
舌と上顎ですり潰すと、口いっぱいに甘みとほんの少しの酸味が霧散していく。
霧よりもずっと余韻をはらんで歯列にまで染み渡るから、虫歯はないはずなのに奥歯が震えた。
「おいしい、です。すごく」
やっとの思いで絞り出すように言う。
くちびるが震えていた。
ずっしりと重たい一口のあとで皿に残るチーズケーキを見ると、わたしのフォークが割いたのは十分の一にも満たない量で、勝手に喉が鳴き出した。
岩井くんがどうして平然と淡々と、節分の豆でも摘むみたいにテンポよく食べ進められるのかがわからない。
自分でも滑稽に思えてしまうほど慎重にチーズケーキにフォークを下ろすたびに、岩井くんは不思議なものでも見るような目をして、たまに笑っていた。



