水性のピリオド.



待ち合わせ場所の地下駐輪場に着いたのは約束の五分前。


実はここの駐輪場、わたしが中学生のころからあまりよくない噂がある。

夜間でも封鎖されないから、不良のたまり場になっていて、奥まったところに入り込むと袋叩きに遭うんだとか。

実際に女子生徒が連れ込まれたって話もあった。

見回りの強化で一時は人が消えたと聞いていたけど、最近また中学で同じような警告が流れていると杏ちゃんに聞いた。

わざわざ地下駐輪場ではなくても駅舎横の公営駐輪場で事足りるとのことで近々閉鎖されるらしいけど、一体いつになるのかわからない。


さすがに中を覗く好奇心はなくて、入り口に近い電信柱の横に立って岩井先輩を待つ。


時計を眺めて待っているのもいやらしい気がして、携帯にも保存してある園芸部の写真を指先でなぞっていく。


岩井先輩と会うことは、普段のわたしの生活とは完全に切り離した方がいいと思っていた。

家を出るときに、ここへ来る途中に、ここで立ち止まった瞬間に、何度もリセットしてきたそれを今一度呼び覚ましてしまう自分に嫌気がさす。

あまり画像に集中できていないからか、近づいてくる足音と大体の体格が視界に入る。

境界線が曖昧なまま携帯を仕舞って顔を上げると、スポーツブランドのジャージに身を包む岩井先輩がいた。


「岩井、先輩。おはようございます」


昨日の今日で見間違えはしないけど、格好が違うだけで随分と雰囲気が変わる。

ムッとしたような、どこか憮然っぽく見える顔の岩井先輩はわたしの目の前に立って、上から下まで眺める。

岩井先輩の意図がわからなくて、下がる余地なんてないのに逃げようとすると、その様子に眉を顰める。


「ここまで来て逃げるのかよ」


「いや、ちが……先輩が近いから」


わたし目線での先輩を想像してみてほしい。

言っちゃ悪いけど、結構爽やかそうに見えて実は圧を放ってるように見える。


「それ、やめて」


「え?」


「先輩って。なんか嫌だから」


言いながら一歩下がってくれたのは先輩だった。

わたしが下がれない代わり、なんだろうか。


「じゃあ……岩井くん、さん、くん……」


「どっちでもいいよ」


「岩井くん、うん。なんか、変な感じ。先輩のことこういう風に呼ぶことないから」


何度か小声で復唱していると、押し殺したような笑い声が聞こえてきた。

それはわたしへの配慮というよりも、そんなくだらないことで笑いたくない、というような意志にも取れる。


「っ、くくっ……おまえ、敬語も取れるのか」


「え、あっ! ごめんなさい! 一緒に取れてた……」


「はー、いいよ。面白かった」


細く長く、笑いの尻尾まで息とともに吐ききって、岩井くんはふと真顔に戻った。

心なしか、こちらを心配しているような目に見えるのは、わたしの都合のいいフィルターのせいかな。