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その日の夜、みんなが寝静まったころに携帯にメッセージが届いた。
明日、十三時に駅裏の地下駐輪場の前に集合、という簡潔な文章に、了解です、と返す。
相手は言わずもがな、岩井先輩だ。
一週間のあいだにわたしの要望の最大限を叶えるつもりなら、なるべく会って過ごした方がいいって言ってくれた。
仮約束みたいなものだから、やっぱり嫌になったら言えよ、とも付け加えて。
どうしてそこまでしてくれるのかはわからない。
こんな提案、たぶん人生で二度とないと思うから、面白がっているのかもしれない。
そんな人には見えなかったけど、軟派っぽい雰囲気もあったから。
物音をあまり立てないようにクローゼットをあさって明日着ていく服を選ぶ。
デート、とはちがうけど、それなりに気を遣った格好でないといけないのはわかる。
とりあえず、スカート。
それから、暗すぎる色は避ける。
普段の趣味からして多くなりがちなブラックは封印して、数少ない赤などの派手な色も却下。
白、グレー、くすみがかった青、カーキ。
タイツの色も考えて、季節的にまだ少し早いかもしれないとは思いつつ、白スカートを選んだ。
新品のグレージュのタイツを開けて、試着はやめておく。
これで迷って選び直す方が面倒だったから。
ハイネックのニットは襟元が少しよれていたけど、まだ寿命には遠いはず。
そこにすべての基調を乱すような濃紺のパーカーを羽織れば完璧だ。
わざわざそんな風にしないと、どうにも恥ずかしい。
パーカーは何にでも合うから大丈夫。
指先まですっぽりと覆うほどのLサイズのパーカーはわりと気に入ってるし、防寒にもいい。
大きすぎないバッグに必要最低限を詰め込めば支度は完璧。
岩井先輩からのメッセージはもう途切れていて、さっさと携帯をベッドに放り投げる。
この時間まで起きていたのは岩井先輩の連絡を待っていたからじゃない。
開きっぱなしのノートパソコンのスリープを解除すると、花の写真が一面に並ぶ。
大塚先生に借りたデジタルカメラと、わたしの携帯で撮った写真を適当に見繕うという、月一の習慣。
これを大塚先生に渡して現像してもらったものが、学内の掲示板や配布物の片隅に貼られていたりする。
「あ……」
たまに、大塚先生の後ろ姿を撮影することもあった。
そのほかに人が写ることはなくて、せいぜい通りがかりの生徒が見切れるくらい。
それは選別の段階で省いてしまうから、ないものと同じだった。
最近の写真に、大塚先生以外の人の横顔がある。
フォーカスを合わせたのは花ではなくて、春乃くんの横顔だった。
指紋が画面につくのも構わずに、その目元に触れる。
画面越しに雫が滴って指先に伝ってしまうんじゃないかと思ったけど、春乃くんは穏やかに笑っていた。
その顔を崩さずにいたかったのに、どうしてこう、間違いばかりを選ぶのだろう。
岩井先輩の言ったことが耳に反響する。
明日、嫌になっていたら言えよ、って。
そんな風にはならないと首を横に振ってしまえる一方で、指先に触れる春乃くんを掴みたいと願っていた。



