水性のピリオド.



岩井先輩が去っていったあと、数分もせずに高架橋を下りてくる見知ったふたりの姿を見つけた。


「杏ちゃん、叶人くん」


近寄る前にわたしに気付いていたようで、駆け寄ってきたふたり。

杏ちゃんには見下ろされて、叶人くんには見上げられる。

身長と、それから杏ちゃんは目鼻立ちがはっきりした美人さんだからか、三人で並ぶとわたしが真ん中に勘違いされることがよくある。

おまけに杏ちゃんは鉄火肌だから、立場的にも対等かわたしがちょっと下だったりする。


叶人くんは末っ子らしさ全開。

小柄で線が細くて、年齢よりも低く見られがち。

一応、中学二年生なんだけど、言われてみればそうかなって感じ。

本人はのほほんとしていて、人の目なんて気にしていないんだけど。

たまに毒を吐くくせも小生意気で可愛い、と思えてしまうくらいには、わたしは叶人くんを溺愛している。


杏ちゃんも叶人くんも可愛い自慢の妹と弟。


「なずなちゃんがこっちまで来るの久しぶりだよね」


「うん。なず姉、最近男子と帰ってるから」


「え、うそ。初耳。叶人それ詳しく」


ジャージ姿の杏ちゃんと、成長を見越して大きめのサイズを買ったのに未だに制服に着られている感が満載の叶人くんのやり取りを聞き流していたけど、段々とおかしい方向へ向かっていく。


「何度か歯科の前で話してるの見た」


「うっそぉ……なずなちゃん、そんな……」


平然と言ってのける叶人くんと、口元に手を当ててわたしをちらちらと見遣る杏ちゃん。

ぽかんと口を開けて惚けていたけど、ハッと我に返って叶人くんに詰め寄る。


「ど、どこで見てたの!?」


「部屋から見てた。見えた」


「い、いつ……?」


往来で見られて困るようなことはしていないけど、家族に目撃されていたとなると羞恥が込み上げる。

カカカ、と熱くなる頬に手の甲を押し当てて冷ましていると、叶人くんが答える前にがっしりと肩を組まれた。

細いけどがっちりとかたい腕は杏ちゃんだ。

締め上げられているわけではないけど、逃がしてくれそうにもない腕に拘束されて、恐る恐る顔を背ける。


「どういうこと?」


嫌な笑みを浮かべてる。

見えないけど、杏ちゃんのそういう顔はよく見るから。

叶人くんは助けてくれる気なんてないみたいで、さっさと歩き出していく。


「こ、」


「こ?」


「今度、話すから。ね?」


妹に恋愛事情を話すのもこの上なく恥ずかしいけど、それに勝る理由がある。

今はとてもタイミングが悪かった。

岩井先輩と一緒にいるときにふたりが来なかったことが幸いだといえるほど。


杏ちゃんはなかなか納得せずに渋っていたけど、一応聞き入れてくれたみたいで腕を離してくれた。


「ねえ、なずなちゃん。その今度のとき、ちゃんと叶人にも話してあげなよ」


「え……? 叶人くんは興味ないんじゃないかな」


「まさか。叶人はなずなちゃんのこと大好きだもん。やきもち焼かれると面倒くさいの、あいつ」


それを言うのなら、叶人くんは杏ちゃんのことも好きだと思う。

同じ家に帰るから、とか、終わる時間が近いからと言っても、互いに友人がいるはずなのに杏ちゃんと叶人くんはいつも一緒に帰っているし。

杏ちゃんも素直じゃないね、なんて言ったら今度はしっかりと締めあげられそうだからやめておいた。