あんまり肉付きはよくないけど、ひょろっと細い春乃くんが直立すると身長差がひどい。
ためしに立ち位置を入れ替えて階段の一段目にのるけど、全然足りない。
二段目に上る前に春乃くんは意図を察したみたいで、膝を曲げて屈んでくれた。
これでちょうどいい。
さっきまで見上げるしかなかった春乃くんの目の高さとぴったり合ってる。
この距離感で見つめ合って、このままくちびるが触れてしまうシチュエーションが頭に浮かんだ。
春乃くんはよくわからない取っ掛かりで泣いてしまうらしいから、そんなことはしないけど。
「なんか、悪いこと考えてそうな顔をしてますよ」
「ばれた?」
意外と勘がいいのかな。
わたしが考えることなんてきっとろくでもないって認識されてしまったのかもしれない。
心外だな、と真意は分かりもしないのにツッコミを入れると、自然と前後の会話に繋がった。
「ほどほどにしてくださいね」
「ほどほどならいいんだ」
「いいですよ」
そんなことを言うと、わたしの格好の餌食なんだって。
目の前に無防備なターゲットがいたら、ついうずうずしてしまう。
「あ、そうだ。大塚先生にもういいよって言わなきゃ」
「もういい? なんですか、それ」
「もし春乃くんとすれ違った引き止めてくれるって言ってたから……行こう」
ひとつ段差を下りると、途端に春乃くんが遠くなる。
同じ地面に立っていたら決して埋めることのできない距離が寂しいなんて、変なのかな。
すれ違いざまに春乃くんの手を思いっきり引いた。
よろめきもせずに器用に体の向きを変えると、わたしの手を払いもせずについてくる。
体躯の差と歩幅とがチグハグなせいで歩きにくいはずなのに、春乃くんは文句のひとつも言わなかった。
振り向くと見せかけて、首は捻らずに横目に春乃くんを見遣ると、何が楽しいのか白い歯を覗かせて笑っていた。



