「せんぱい……おれ、ごめんなさい」
「ちょ、え? なんで泣くの」
涙の膜のおかげで瞳は乾かないんだから、ちょっとくらい我慢してよ。
声をかける間もなく泣かれたら、何も言えない。
「絶対って言ったのに、おれ……昨日聞いてなかったけど、おれが約束破ったらどうしたらいいんですか」
ズボンに描かれる水玉模様。
傘もハンカチも水筒も水玉模様を使っているけど、そんなのは見たくない。
泣かれるのは苦手だ。
なんの感情も持っていなくても、つられて泣いてしまいそうになる。
わたしが泣いたら収拾がつかなくなるから、それだけはダメだ。
まさか針千本飲ませるわけにはいかないし、どうしたらいいんだろう。
昨日春乃くんが考えた罰はわたしへのものだったけど、よく考えてみたら恥ずかしいのは春乃くんの方だ。
本当に他学年の教室を回ってわたしの名前を呼んで歩くことが平気で出来たのかと問いたいけど、それを本気にされても困る。
制限時間はたぶんあまりないなかで、必死に頭を回す。
酸素が行き届いていない頭ではまともな思考ができなくて、面白おかしく誤魔化すのも難しい。
なんでこんなことになったんだ、と半ば現実逃避をしたところで、元はと言えば連絡もつかない状態で待ち合わせをしようとしたのがいけなかったんじゃないか、に行き着いた。
だから、そうだな、そうしよう。
「春乃くんの連絡先、教えてよ」
「え……?」
「こういうこと、もうないように。ほら、大塚先生を手伝うときはお互いに呼ぶとかもどう? はやく終わるし、きっと楽しいよ」
大塚先生の手伝いは、嫌いじゃない。
誰かと競わなくていいし、誰かと協力しなくていい。
ホースを握り込む力と、じょうろを持ち歩く力と、それから蛇口の回し方がわかれば誰でも出来る。
名前だけ園芸部員はまだ他にもいるらしいけど、たまにとはいえ手伝うのはわたしと春乃くんくらいだよ、きっと。
大塚先生ならひやかしたりしない、変に勘繰ったりしたりはせずに、仲がいいね、と微笑むんだろうから。
待ち合わせ場所もこんな陰湿なところじゃなくて、日のしたにしよう。
裏庭に日当たりはいいけど誰も通らない花壇があることを、名前だけ園芸部の一員なら知ってるでしょ。
「そんなことでいいんですか」
「そんなことがいいんです」
すごく迷いながら、春乃くんの目元に手を伸ばす。
腫れたのか元からなのかわからないぷっくりとした涙袋の辺りを人差し指でくすぐる。
手を伸ばした時点で避けなかったのは、たぶん涙を拭ってもらえると思ったからなのだろうけど、わたしはそんなに優しくないよ。



