翌日、春乃くんは約束の時間に来なかった。
根気強く待った方だと思う。
ただでさえ終礼後一時間は経っているというのに、さらに三十分も待った。
階段のいちばん下の段に座っていると、後ろから足音が聞こえた。
振り向いたらそこにいたのは隣のクラスの先生で『あら、見返り美人がいるわ』なんてからかったあと、はやく帰りなさいね、と残して下へ行ってしまった。
あと十分したら帰ろう。
寂しいのはきっと、こんなところにひとりでいるからだ。
絶対に来ると言ったからそれを信じたのに。
つま先を持ち上げて膝を高くした。
そこに両腕を重ねて顔を突っ伏す。
怒りなのか悲しみなのかよくわからない感情が階上から雪崩てくるような気がして、十分経っていないけどその場を離れる。
正面玄関を出て、正門に歩いていくと、見慣れた後ろ姿がちょろちょろと動き回っていた。
「大塚先生」
びっくりさせないように、そばによって、でも適度な距離から声をかける。
腰を曲げていたおじいちゃん先生こと大塚先生が液肥のスポイトを手に顔を上げる。
「あれ、しまちゃん。どうしたの」
「帰るの遅くなっちゃって」
「いやいや、さっきなかちゃんがしまちゃんと約束してるからって走ってったよ」
なかちゃん、しまちゃん。
なんかのお笑いコンビみたいだ。
それより、今の大塚先生の言ったこと、聞き捨てならない。
「走っていったって、どこに?」
「場所は知らないけれど、ちょうど教室から出てくるところを捕まえてしまってね。さっきまであれこれ手伝ってもらってたから、なかちゃん約束があることを言い出せなかったんだろうな……悪いことをした」
「それは……仕方ないです」
事情なんて知らないはずの大塚先生まで表情を暗くさせるから、慌てて身振り手振りで否定しておく。
だって、それって誰も悪くないってことだよね。
「もし急がないなら、心当たりのある場所を見ておいで。すれ違いにならないように、私はこの辺りにいるから」
大塚先生のありがたい申し出に乗っかることにして、踵を返す。
全力疾走なんていつぶりだろう。
一時間以上も待たされた側なのに、わたしの方が約束の時間に遅れて走っているみたいだ。
本当はいけないんだけど、靴は玄関に脱ぎ捨てた。
放置されている靴は問答無用で捨てる、なんて先生たちは脅してくるけど、放課後は見逃してくれると信じたい。
階段をかけ上って二階と三階のあいだに着くと、いちばんにずっと溜め込んでいた息を吐き出す。
声を発したわけではないけど、乱れに乱れた呼吸音はしっかりと春乃くんに届いたみたいだ。
なんてデジャブ。
さっきわたしがいた場所で、同じポージングをしていた。
ものすごい勢いで顔を上げた春乃くんは、わたしを認めるなり両目を潤ませていく。



