「それで、どう? 明日」
「絶対来ます」
「……ねえ、騙されやすいって言われない?」
いやです、とか、無理ですって返答だったら少なからずショックを受けたくせに、また話を脱線させていく。
なんども寄り道をしてしまうわたしに付き合ってくれる春乃くんの人柄も透けて見えてくる。
「単純とか、バカじゃないけどアホだよなって言われることはあります」
「だろうね」
ともすれば馬鹿にされているとも捉えられかねないことを初対面の男の子に吐き倒して、何してるんだろう。
免罪符を並べるのもちがうし、もうせめて主軸に戻って今度はブレないように努めよう。
「わたしも来るよ、絶対」
こんなに楽しみな約束、いつぶりだろう。
心が踊る。つい頬が緩みそうになる。
顔の筋肉を引き締めるわたしとは対照的に、春乃くんはへにゃりと笑った。
でろん、って溶けてしまいそうな笑み。
「はい、先輩」
ずい、と差し出された左手の小指。
まず右手に鎮座したままの飴玉たちをどうにかしてほしいな、と思いながら、同じ手の指を差し出す。
わたしの小指は些細な衝撃でぽっきり折れてしまいそうなほど細いけど、春乃くんの小指は大きかった。
分厚い皮のせいで全然柔らかくないけど、小指がこんなに力強いのなら手のひらに包まれたらどうなるんだろう。
「指切りげんまん」
突然、バリトンボイスで歌いはじめる。
妙にリズムにのって、絡めた小指を上下に振りながら。
「嘘ついたら……」
「ついたら?」
「二年生の教室順繰りに回って、先輩を呼びます」
やれるものならやってみろ、そんな恥ずかしいこと。
そんな風に好戦的に返して、ああじゃあ、なんて言われたら困るから、黙って頷いておく。
満足気に笑った春乃くんがなかなか小指を解かないから、わたしがするっと指を引き抜いて離れた。
「これ、返すね」
みっつの飴玉を、今度は無視されないように春乃くんの眼前に突き出す。
わたしの手のひらと平行したまん丸な目がふたつ、ぱちっと瞬いて、思い出したように声を上げる。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
受け取り皿になった春乃くんの手に飴玉をみっつ転がす。
もしかしたら、ひとつくらいはわたしにくれるかなって思ったんだけど、ぜんぶ大切そうにカバンに仕舞われた。
「それじゃあ、また明日」
別れ際は、やけにあっさりとしていた。
サッと立ち上がったかと思うと、わたしの横をすり抜けて階段を駆け下りて行ってしまう。
べつに、ドレスや着物を着ているわけじゃないし、立ち上がるのに手を貸す必要もないんだけど、座り込んだまま置き去りにされるって絵面がちょっと悲しくて、よたよたと手すりを頼りに立ち上がる。
下を覗いて見たけど、春乃くんはもういないし、足音も聞こえなかった。



