蒼の花と荒れる野獣Ⅱ



その血はあたしの頬を伝い。


涙が落ちるように床に落ちた。


「…え?」



見上げると、その上は階段だった。


階段に誰かいるの…?


「誰?」


「……ゔっ…」


この高めの声…。


「…貴方、もしかして」


慌てて階段を駆け上がる。


そこには。



陽太よりも遥かに傷をつくった南が、螺旋階段で横たわっていた。


頭からも出血しているのに、肩を銃弾で撃ち抜かれたようだ。


足も、腕も、使い物にならないように撃たれている。


この痛めつけ方、極道のやり方に違いない。


死なれては困るから、頭や心臓は極力撃たないんだ。


精神的に追い詰める為に、用が無くなった後、即座に殺せるように。


昔はマークがそう言っていたことがある。






“だから、和佳菜。


君は決して、僕に逆らったりしてはいけないよ。


万が一そんなことをおこしてしまったら、僕が君にすることはひとつだよ。


分かるよね?僕の大切なオヒメサマ”



「南!しっかりしなさい!」


「うっ…ん……?あれ、……オヒメ、サマっ……早めの、…とう、じょう、だ…ね」


「そんな呑気なことを言わないの」


「俺、…っ伝えな、きゃ、いけないこと、ある……んだ。あの、ね…」


必死に喋ろうとする南を遮るように喋りかける。


「なんであんたがここにいるかも、よくわからない。本来なら貴方には色々されているから、助けたくはないのだけど」



それでも。



「生きるのよ」



貴方には生きてもらう。


見殺しなんて絶対にしない。


いくらあたしが貴方のことを嫌いで、家まで押しかけた恐ろしい人間だとしても。


「助けてあげる。だから助かってから全て話してちょうだい」


この惨状に、彼が関わっているのは疑いようのない事実だ。


事情は聞かせてもらう。


「そんなの…いいから。お願い…これを」


彼は右ポケットから何やら紙切れを取り出した。


そしてそっと、あたしの手に握らせた。


血だらけの、痛々しい手で。


「これは…なに?」


「これを渡して、ほしいって…っ!…い、われ、て」


「誰に?どうして?」


苦しそうに呟きながら、彼は首を振った。


「…オヒメ、サマ。……あ、えて、よかっ、た。君は、…っぁ、優しい、ね」


「なに、言ってるの!」


あたしはぎゅっと眉を寄せる。


彼はあたしを見て優しいとでも言うのだろうか。


これ正義とかそんな優しいものではない。



あたしは。


「…もう、誰かが死ぬのを見るのは嫌なの!」


死を見てしまうのなんて、嫌だった。


もう後悔したくない。


蓮のようには絶対にさせない。


あたしは誓ったの。


だから、だから!


「無理、だよ。……はぁ、俺、もう、ちょ……とで死ぬように、痛め、っ…つけられた、からっ」


「そんなこと言わないの!」


言わない、言うな。


「…ごめ、ん」


「黙ってて!」


「…分かって、るから……。俺、ちゃん…と、言わない…と、おこ、られちゃ…う。親方…さ、ま……」


「南!?何言ってるの!」


くたりと、階段に寝そべった時、ふわりと南が笑った。


「ごめん、…和佳菜」


それから目を瞑って、もうあたしの前でその目は開かなかった。



「生きなさい!生きるの!いいわね!」


懸命に声をかける。



泣くな。


耐えろ。


あたしは泣くべきではない。



あたしがすべきことはひとつ。


目を擦って、奥歯を噛んだ。



「南!生きなさい!」



この人を起こすことだ。