その血はあたしの頬を伝い。
涙が落ちるように床に落ちた。
「…え?」
見上げると、その上は階段だった。
階段に誰かいるの…?
「誰?」
「……ゔっ…」
この高めの声…。
「…貴方、もしかして」
慌てて階段を駆け上がる。
そこには。
陽太よりも遥かに傷をつくった南が、螺旋階段で横たわっていた。
頭からも出血しているのに、肩を銃弾で撃ち抜かれたようだ。
足も、腕も、使い物にならないように撃たれている。
この痛めつけ方、極道のやり方に違いない。
死なれては困るから、頭や心臓は極力撃たないんだ。
精神的に追い詰める為に、用が無くなった後、即座に殺せるように。
昔はマークがそう言っていたことがある。
“だから、和佳菜。
君は決して、僕に逆らったりしてはいけないよ。
万が一そんなことをおこしてしまったら、僕が君にすることはひとつだよ。
分かるよね?僕の大切なオヒメサマ”
「南!しっかりしなさい!」
「うっ…ん……?あれ、……オヒメ、サマっ……早めの、…とう、じょう、だ…ね」
「そんな呑気なことを言わないの」
「俺、…っ伝えな、きゃ、いけないこと、ある……んだ。あの、ね…」
必死に喋ろうとする南を遮るように喋りかける。
「なんであんたがここにいるかも、よくわからない。本来なら貴方には色々されているから、助けたくはないのだけど」
それでも。
「生きるのよ」
貴方には生きてもらう。
見殺しなんて絶対にしない。
いくらあたしが貴方のことを嫌いで、家まで押しかけた恐ろしい人間だとしても。
「助けてあげる。だから助かってから全て話してちょうだい」
この惨状に、彼が関わっているのは疑いようのない事実だ。
事情は聞かせてもらう。
「そんなの…いいから。お願い…これを」
彼は右ポケットから何やら紙切れを取り出した。
そしてそっと、あたしの手に握らせた。
血だらけの、痛々しい手で。
「これは…なに?」
「これを渡して、ほしいって…っ!…い、われ、て」
「誰に?どうして?」
苦しそうに呟きながら、彼は首を振った。
「…オヒメ、サマ。……あ、えて、よかっ、た。君は、…っぁ、優しい、ね」
「なに、言ってるの!」
あたしはぎゅっと眉を寄せる。
彼はあたしを見て優しいとでも言うのだろうか。
これ正義とかそんな優しいものではない。
あたしは。
「…もう、誰かが死ぬのを見るのは嫌なの!」
死を見てしまうのなんて、嫌だった。
もう後悔したくない。
蓮のようには絶対にさせない。
あたしは誓ったの。
だから、だから!
「無理、だよ。……はぁ、俺、もう、ちょ……とで死ぬように、痛め、っ…つけられた、からっ」
「そんなこと言わないの!」
言わない、言うな。
「…ごめ、ん」
「黙ってて!」
「…分かって、るから……。俺、ちゃん…と、言わない…と、おこ、られちゃ…う。親方…さ、ま……」
「南!?何言ってるの!」
くたりと、階段に寝そべった時、ふわりと南が笑った。
「ごめん、…和佳菜」
それから目を瞑って、もうあたしの前でその目は開かなかった。
「生きなさい!生きるの!いいわね!」
懸命に声をかける。
泣くな。
耐えろ。
あたしは泣くべきではない。
あたしがすべきことはひとつ。
目を擦って、奥歯を噛んだ。
「南!生きなさい!」
この人を起こすことだ。



