[旦那様…!]
ウエイトレスが叫んだ。
旦那様って、もしかして。
[…これは、和佳菜さん]
[アラン様…]
アラン・スティーブン。
あたしはマークよりもずっとこの人と会うのが怖かった。
マークの父親で。
裏社会を支配する、極悪非道のMafiaのトップ。
血も涙もない、正真正銘の悪人だ。
[こんなところではなんだから、屋敷に入って。…あいつもきっと喜ぶだろうから]
ふ、と笑ったこの人だけはどんなに頑張っても、表情の真意を読み取ることができない。
[お邪魔します]
かくして、あたしは意図とは違う、思わぬ形で、屋敷の主に家に招かれたのだった。
主はあたしより前を歩き、リビングに迎え入れた。
[和佳菜ちゃん!]
駆け寄って抱きしめてくれたのは。
[マリアさん…]
マークの母、マリアさんだった。
[本当にごめんなさい。嫌な思いをたくさんさせてしまって]
真っ白なワンピースが似合うその人は、喪服を纏っている。
この人はいつまでも無垢で、なにも知らない純粋さを持つ。
この家の人間で、あたしは他所から入ってきた人間なのに、強くて優しくて。
あたしをすごく可愛がってくれた。
[いえ、大丈夫です]
[今日はマークに逢いに来てくれたのよね?」
[あ、はい]
じゃあ、と案内しようとドア前に戻ろうとしたマリアさんに待ったをかけたのはアランだった。
[マリア、落ち着きなさい。一旦座って話をしないか。マークに会う前に色々と確認を取りたいんだ]
そうね、とマリアさんはぎこちなく笑うと、座ってと真っ白なソファをあたしと瑞樹に声を掛けると、キッチンへ引っ込んだ。
[すまないね。私たちもまだ動揺しているんだ]
それはマリアさんの様子から感じ取っていた。
[当然のことだと思います。家族を失った人が穏やかでいる方が不思議な話です]
[うん、ありがとう]
アランもぎこちなく笑う。
ああ、やっぱりこの人も人の親なんだ。
極悪非道の男も人間なんだと分かってあたしは少しほっとした。



