夕食もご馳走になり、風呂にも入らせてもらって。
他にもいる組員の方々と距離を詰めるべく、仁のことや自分のことを話していたら、気がつけば日付が変わっていた。
「おじょーちゃん、すまんなあ。夜遅くて。とりあえずいい人やってことはわかった」
「あはは、それは良かったです」
「若がやさしゅうのうたのも、なんかわかったわ。やけどなあ」
「なんでしょう」
ふと、影を落とした50過ぎのおじさんに眉根を寄せると。
「…ウチの世界、そんなに甘ない。本部がゴタゴタしとっから、関西本部にも変な奴がはいってきとる。《林》あれがいい例だ。若が継ぐんなら、早よせんといかん」
「はい…」
「おじょーちゃんが何者か、俺は分からん。だけどおじょーちゃんのこと若が餌にしたくて堪らんのは分かる。おじょーちゃんだって全くその気がないわけでも無さそうだ。そうじゃなきゃ、こんな老いぼれの話など聞かんやろ」
餌にしたくてたまらないとは…と考えて、頭を振った。
なんか良いことでは無さそうだから考えない方がいいとおもう。
だけど、後半の言いたいことはなんとなくわかった。
要は仁の側にいたいと思ってるか、そういうことだ。
「…はい」
「はは、素直でよろしゅうことやな。おじょーちゃん、若はすぐ継がんといけん。言いたいことは理解しとるか?」
その鋭い目に、あたしは少し考えてから。
「……あたしが、仁の側にいることが邪魔だと言いたいのですか?」
「邪魔なんて、たいそうなことは言っとらん。ただ時期を見極めとくれ。あんたらが一緒にいる時間は今じゃない。分かってくれ」
おじさんはあたしがどんなことをしたのか、今日の出来事の大体は知っているのだろう。
それを全て引っくるめた上で、仁に近づくな、そう言っている気がした。
仁は優しいから、あたしが頼まなくったって、そばで守ってくれようとしてくれるから。
『お前を命かけて護るから』
桜の間で、放った言葉に仁が忠実過ぎるのか。
…何しても、ショックだった。
仁の周りのひともあたしの居場所となってくれる人間も、あたしたちの関係に反対なんかしなかった。
みんながみんなあたしに優しくはない。
分かっていたことだけど、やっぱり悔しくて。
「側にいることさえ、許されませんか?」
気がついたらそんなことを口にしていた。
「…おじょーちゃん…」
「それさえも、家を継ぐ仁には恋人でも何でもないけれどただ隣にいたいあたしが許されないことなのですか?」
恋人でなかったら側にいてはいけないの?
曖昧な関係さえ、望むなと言うの。
どうして周りの人間が。
あたし達の関係にケチをつけるの?
「田代さん」
いつのまにか、隣には仁が立っていた。
「俺らは間違えたりしませんよ」
その笑みは優しくて、美しかった。
「頭のようにはなりません。寧ろ俺が今、和佳菜を手放したら、絶対に後悔するって分かってるんです。それこそ、父のようになってしまう」
横暴なあの姿を良いと思う人は、その人自身のみであり、あたし達は微塵も思わない。
「一度意思とは関係なく離れたことあるから、ほんとそう思うよな。あの時の仁、ほんと酷かったんだから」
気がつけば綾もいて、その笑みは…なんだか呆れているようだ。
仕方ねえだろ、と言う仁に、どこがだよ、と突っ込む綾。
本当に似てないけれど、息はぴったりなのよね。
きっと2人がいうのはあたしがマークに連れ去られた頃のことだろう。
それならなんで仁は、と聞きたくて、だけど口を噤んだ。
聞くのは今じゃない、それくらい常識はある。
「…おじょーちゃん、うちに来たら戻れなくなるぞ」
この人はあたしのことまで心配してくらているんだ。
暗い世界には珍しい、初対面のあたしにまで優しい人だ。
「…あたしはもう戻れないところまで来ています」
マークの側にいた時点で。
いや、飛び級した時点で、あたしは普通の女の子ではなくなっていた。
「おじょーちゃんって、一体何者…」
「若い頃から、この世界と付き合いがあるだけです」
「いや、おじょーちゃん。今も十分若いけど?」
その言葉にふふと笑う。
笑うしか、ない。
「ごめんなさい。今は話せないんです。でも必ず分かる日が来ます。その日まで」
目を伏せたあたしから目を離し、おじさんは仁に目を向ける。
「若は、分かっとんの?」
「全て分かった上で、和佳菜がいくら離れたいと言っても離さない覚悟だけはしっかりあります」
おじさんはそれを聞くと、目を伏せて小さく笑った。
「…じゃもう好きにしな」
笑い皺がなんだかおじさんを柔らかく見せた。



