「ショーレーカイイン?」

漢字に変換することもかなわず、千沙乃は言われた言葉を繰り返した。

千沙乃は自分にお金をかけていたが、実家が裕福というわけではなく、一生懸命アルバイトに励んでその外見を保っていた。
元輝の方も土日関係なく用事があって、付き合うことになってからもめったに会えていない。
なんでそんなに忙しいのか問いつめた返答が、それだったのだ。

「だって俺、奨励会員だからね」

元輝は千沙乃よりひとつ年上の二十二歳。
千沙乃はてっきり近隣の大学生だと思っていたから、卒論だとか就職活動の類だと最初から決めつけていた。
ところが肩書きを書くならば「無職」に該当するらしい。

奨励会とは将棋のプロ棋士を養成する機関で、そこで四段に昇段するとプロと認定される。
元輝は現在二段で、今まさに三段昇段がかかった大事な時期だったのだ。

「今かなり増やしたから、月の半分くらいは研究会(プロや奨励会員と一緒に将棋の研究をする)なんだ。それから対局の記録(プロの公式戦で棋譜を取る仕事)取らないといけないし、それ以外の時間だって勉強しないと」

「いつ休みなの?」

「何もない日は休みって言えば休みだけど、そこで休んでたら昇段できないからね」

元輝はこの日も研究会終わりの食事会を断って、わずかな時間を千沙乃と過ごしていた。

「明日は?」

泊まる準備までしてきた千沙乃に、元輝はあっさりと告げる。

「明日は記録。だから朝早いんだ」

「何時に終わるの?」

「順位戦だから深夜になるな」

「深夜!?」

仕組みのわからない千沙乃には、何をどうしたら将棋が深夜に及ぶのか想像もつかない。

「そんなに遅くまで何してるの?」

「何って将棋だよ。持ち時間がそれぞれ六時間だから、まともに使い切ればそれだけで十二時近くまでかかる。それから感想戦と棋譜をまとめる作業があるから」