本当に忙しいのか避けているのか、元輝とはなかなか予定が合わず、再会できたのはそれから三週間後。
二度ほど食事に付き合わせ、彼の自宅を突き止めたのは更に一ヶ月後。
そしてまんまと彼女の座をもぎとったのは、それから更に二ヶ月後のことだった。

夏休みに入っていた千沙乃は、バイトの合間に元輝を訪ね、のらりくらりとかわす元輝のあとをくっついて、狭い部屋をうろうろ歩く。

「私の髪が好きなら、私じゃなくて髪と付き合うんでもいいから。付き合ったらこの髪だって毎日触り放題だよー、ほらほらー」

「この前、お土産にもらった台湾茶があるんだ。飲む?」

「ねえ、聞いてた? 付き合ってって言ってるの! じゃないとこの髪、ハサミでギッザギザに切り刻んでやるから!」

「台湾茶って、普通に急須で淹れていいの?」

「切るよ? 本当に切っちゃうよ? ボウズにしなきゃいけないだろうなあ。みんなから笑われちゃうなあ。学校にも行けないかも。それぜーんぶ元輝のせいだからね! 嫌なら付き合って! 付き合って! 付き合って! 付き合って!付き合って! 付き合って!」

と小学生時代でさえしたことのない駄々をこねまくった。

「わかったわかった。付き合うから、そのハサミ返して。それないとお茶の袋開けられない」

千沙乃から受け取ったハサミで、元輝は袋を開け、盛夏にも関わらず熱々のお茶を淹れた。
効きの悪いエアコンの中、背中にじっとりと汗をかいても、千沙乃はほくほくした顔でそれを飲んだ。
元輝はその髪を、失礼します、と断ってからつるりと撫でる。

「おー、やっぱりいい髪だねえ」

なんであの人なの? と、千沙乃はその後いろんな人からさりげなく、また正面切って聞かれた。
その都度やさしいから、頭がいいから、一緒にいて楽だから、と適当に答えた。
そのうち面倒臭くなって、顔が好きと答えて相手を絶句させたりもした。
だけど、実際のところ元輝の何がそんなに千沙乃を惹きつけるのか、自分でもわかっていなかった。

なんか気になる。
最初から。

理由があればよかったのに、と千沙乃は思う。
もっとやさしくて、もっと頭がよくて、一緒にいて楽で、且つ見目麗しい人だってたくさんいるのだから。
だけど「なんか気になる」は「なんか」なのだ。
わからないから代わりが利かない。

『好きになってから理由を探したっていい』

元輝の投げた言葉は、一番響く形で千沙乃に届いた。