「薄い……」

マグカップに口をつけて、千沙乃は不満をこぼす。

「そう? じゃあ自分で粉足して」

いつもと同じカラッとした声で、元輝はインスタントコーヒーの瓶とスプーンを千沙乃の前に置く。

「いい。後から足すとおいしくないから」

「え? どっちでも同じじゃない?」

「全然違うよ。だからこのままでいい」

千沙乃が薄いコーヒーをもうひと口飲む間に、元輝はトーストをざくざくかじっている。
その顔を見つめながら、千沙乃は自分の毛先を弄んだ。
何の用意もしてこなかった千沙乃は、今元輝のTシャツとハーフパンツを借りている。
安いシャンプーで洗った髪がギシギシ絡む。
トリートメントどころかコンディッショナーもないのだから、まとまりようがない。
顔もメンズ用の洗顔フォームで洗っただけで、今は左右の目の大きさが微妙に違うし、眉もない。
それなのに、身体の中心からエネルギーが全身に広がっているようだった。
元輝の気配が隅々まで行き渡って、この毛先まで満たされている。
そんな身体がいとおしくて、両腕でぎゅっと抱きしめた。

「食べないの?」

「食べる。けど、なんか胸がいっぱいで」

微笑む元輝に、千沙乃も笑顔を返す。
胸の奥に落ちた一片の不安から目を背けて。

元輝の視線が時計をとらえたと気づいたので、何の気なしを装って千沙乃は声をかける。

「勉強してもいいよ」

「うん、ごめん」

元輝は弱々しく口角を持ち上げた。

「邪魔ならなるべく早く帰るけど、できれば、ここにいてもいい? 静かにしてるから」

「相手はしてあげられないけど、いたいだけいていいよ」