あれはぜんぶカシスソーダのせいだ。
この日のことを振り返って、千沙乃はそう思うことにしている。


「俺、すっごくおいしいパフェの店知ってるんだ! クリームはふわふわでさ、乗っかったガトーショコラは濃厚だし、新鮮なフルーツがこれでもかってくらいに盛られててさ━━━━━」

女の子なら誰でもパフェに食いつくと思っているのか、隣の男はその話をやめない。

「そうですか」

断ち切るつもりで返答したのに、男は笑みを深くし、千沙乃のため息も深くなった。

その春大学のゼミに所属したばかりの千沙乃は、「今年度の予定を相談したいから、来てもらえないかな」という誘い文句に疑問を抱かず、その先輩のあとに続いて居酒屋の暖簾をくぐった。
来なきゃよかったと後悔したのは、それからほんの三十分後のことである。

「神永さん、出身はどこ?」

「休みの日は何してるの?」

「例えば芸能人だったら誰が好き?」

ゼミの集まりのはずなのに、他の女の子はいない。
それどころか、関係のない男子学生も合わせて五人ほどに囲まれていた。
天然ハーブ配合のクリームを毎晩塗りたくっている肌に、男たちの視線がねっとり絡むのが気持ち悪くて、カーディガンの袖を限界まで引っ張った。

「きれいな髪だね」

さっき美容院で仕上げたばかりの髪さえ、途端にかきむしりたくなる。
元より、少し切りすぎて不満だったこともあって、礼儀程度に笑顔を振りまくばかり。
長い睫毛で縁取られた双眸を細めると、例え相づちが噛み合っていなくても、男性たちが咎めることはない。

「あ、神永さん、次は何飲む?」

グラスがわずかでも空くと、正面の男性からすぐに次を勧められる。
一時間と経たず、千沙乃のさして大きくもない胃は、薄いカシスソーダの炭酸でいっぱいになっていた。
もはや脂っぽい焼き鳥一本、入る隙間がない。