遠山は臆病な深夜専従警備員だ。ビルの長い通路を、1階の詰所に忘れてきた懐中電灯を気にしながら独り急ぐ。彼は前方に赤っぽく光る影がチラつくのを目にして、こわごわ近づいて行った。影がドンドン大きくなり、アッと叫ぶ間もなく影にぶつかった。影は常夜灯の灯りと防火扉に映る、己れの姿だった。


猛暑の続いた夜、同僚数人とネオン街を呑み歩きしたたかに酔った河東はベンチで寝入ってしまい、寒風の吹き荒ぶ断崖絶壁でロッククライミングをしている夢を見た。寒風が容赦なく彼から体熱を奪い凍えさせるその凄まじさに、突然目覚めた河東は、自宅の湯船に首まで冷水に浸かっている己れに気づいた。


「何処で何してたか知らんが、オマエ最近どうかしてるぞ」「ありがとよ、世の中を見る目が変わったんだ」「それにしても変だな、両目どうした?」「ああ」「話してみろ」「目玉焼きにして喰ってしまった」「なんだって?」「旨くはなかったな」「見えないだろうに」「第3の目で異世界から現世を見る」


奇妙なヘルメットを被った男が、マシンで緩やかな坂道を下ってきた。坂道を下りきった直後、マシンは男を乗せて浮上、音もなく眼前の高層ビルを飛び越えに掛かった。そのマシンは、棒高跳びの選手のように、ビルの真上で宙返りを打ち、その儘の姿勢でビルの真上に到達したかに……その時夢から醒めた。


コンクリート剥き出しの何処からともなく光の差し込む地下の一室で、中年の男がコンビニの袋を手にして椅子やテーブルが散乱する間を彷徨き、手頃な席を探していた。太って大柄な猫が一匹、彼の後から随いてきて、ねだるかのように彼の脚に鉤爪の両手をかけ、ニャーゴと鳴いた。その時、夢から醒めた。


そこは長く急峻な地面剥き出しの、何処までも続く一本道だった。両脇の一方は奈落に続く崖、他方は密集して立つ奇っ怪な高層建築物群。坂道の頂点に地響きが起こり辺りを震わせる。キャタピラーが地面を引っ掻く鋭い音が轟き、巨大かつ無気味な戦車が全貌を現した。阿鼻叫喚が立込め……夢から醒めた。


夜中に用を足し、校舎によくある手洗い場で手を洗った。手探りで廊下を奥へと進み、うっすら明かりの漏れる右手の広い部屋に入った。何人かが布団を被って寝ている。綺麗に梳いた短い銀髪の老婆が、 寝返りを打った。花崗岩のような顔を此方にむけて、切れ長の暗い目で凝視する、その時夢から醒めた。


やっと眠くなりかけた午前2時半すぎ、津田はベッド傍に何かの気配を感じ眼を開いた。身長1メートル足らずのグレイ型エイリアンが、ベッドに両手をかけて待機している。光が頭上から差し、津田は己れの身体が浮いて行く感覚を味わった。屋根を突き抜け、身体がUFO船体内部に、その時夢から醒めた。


会議に出席することになり会場に出向いた。既に大勢が集まり、ほぼ満席の状態の中に入って行った。何人かが振り向き、ブツブツ抗議口調か嘲笑口調で話しかけてくる。どうやら、原発推進派が圧倒的に多い会場に、紛れ込んでしまったらしい。お前には出番がない、大人しくすっ込んでろって……夢だった。

10
貨物船が座礁して船底に穴が穿き、我々3人は岩に掴まって難を逃れた。船長、他の船員は没し去ったか、波のうねりが見えるのみだ。人影はおろか、陸地の影すら見えない。しかし深淵から突き出た岩が、飛び石のように波間に見え隠れする。その岩を辿って行ったが、途中で途切れた。その時夢から醒めた。

11
途中で別の電車に乗り替えた。座席は埋まっていたが、起っている習慣なので苦にならない。若い女が座席に座っていた。電車が動き始めたのでつり革に掴まり、何気なくその女を見た。全身が冷水を浴びたように寒気立った。膝まで届く黒髪で顔を隠くした女は、凝っと座っているのみで身じろぎ一つしない。

12
深夜、電車が通る度に揺れるアパートの一室で創作に熱中していた。背後に戸を開け放した押入れ、前にカーテンを閉めた窓がある。もう少しで完成だ。気づいたらキーを叩く音に背後からの音が重なる。モニタに、覗き込むように近づいてくる映像が。スタンドが倒れ、掛けておいた背広が頭に覆い被さった。

13
PCの自作を決意し、筐体にマザーボード、CPU、メモリ等々を装着してOSをインストール後、ハードウエアをBIOSに認識させてたら、ケーブルから白い煙がモクモク立ちのぼり、慌ててマシンを止めて煙の出たケーブルを調べると、間違えてソケットに逆に差していたってのは、25年前の秋だった。

14
社命で山奥に住む教祖を訪ねることになった。歩き続け、やっとのことで辿り着いた。教祖は怪しげだが気さくだった。話に夢中になり気がつけば午後10時に。慌てて退散、夜道を急いだ。火葬場の横を通り過ぎようとした時、背後から寒風が吹いてきた。激しく動悸を打ち気絶しかけた途端、夢から醒めた。

15
吉嵜にとって夜道の独り歩きは度胸を要した。道路の一方には密生した山林、他方には葡萄園を取り囲む堀が迫る。水を湛えた堀に妖気を感じ、浮き沈みする異形のものに近寄って見た。それは頭を擡げ、真っ赤な眼で辺りを見回した。動悸が高鳴り、恐怖が頂点に達しかけていたその時、吉嵜は夢から醒めた。

16
遠山は岩登りをしていた。今回の行動を同僚が知ったら反対したろう。遠山に険しい岩壁を攀じ登れるものか、無謀だ。だが彼は決行した。もう少しで頂上に到達、そう思ったら急に気が緩み頂上に延した手が空を掴んだ。身体が宙に浮き、地上に落下した。激痛が襲って……ベッドから落ちたに過ぎなかった。

17
峠を登り始めて数時間、澤田は次の曲がり角を過ぎたらきっと茶屋がある筈と期待した。だが道はさらに上へと続いていた。足を引きずって歩く中、暗くなり、彼は何処へ行こうとしているのか分からなくなった。此処は?その瞬間、ネオン輝く繁華街を彷徨う自分に気づき、彼はその場に立ち竦んでしまった。

18
磐井は丘の頂上目指し、岩石を刳り抜いた住居前に辿り着いた。1階には砂が押し寄せ、背を屈めなくては入れない。奇妙な機械が砂に半ば埋もれていた。薄闇の中に、時報が聴こえる。磐井は砂を退け、変形した時計を掘り起こした。時を刻む耳障りな音が辺りに反響する。その音に驚き、磐井は飛び起きた。

19
モーターは微かに聴こえる高音を発し、前後の車輪に動力を送っていた。舗装の行き届いた道路に凹凸はなく、車体に震動は伝わってこない。何処までも真っ直ぐな道路は地平線の彼方に消えていた。稲山は眠気を吹き払うかのように、前方に目を凝らした。気がついたらパラグライダーを操って雲の上にいた。

20
追手から逃れ、高層ホテルの瓦敷きの屋上、傾斜し今にも滑り落ちそうな先端部で落下するのを持ち堪えていた。下を見下ろし目の眩むような高さなのを知って脚がすくみ全身が慄えた。突風に煽られ身体が宙を舞った瞬間、寺田は居間で、男が高層ビルの屋上から落下して行く映画を観ている自分に気づいた。

21
「よッ、自分の目玉喰ってしまってどうしてた」「ああ久し振り」「サングラスにバンダナとは……気が違ったか」「気が振れてるだけだ」「そうか」「振れてるのは、自然界の気の方だ」「自然界って」「大気中の震動だ」「俺には感じない」「ふーん」「あれッ、エイリアンのやつめ消えてしまいやがった」

22
椋田は訪問先でアイス・コーヒーを飲んだ。冷えたコーヒーで渇きが治まった。打ち合わせを済ませ辞去する。帰社途中で小用を催し、デパートの地下にあるトイレに跳び込んだ。用を足し終わる寸前、背後に気配を感じて振り向いた。男が便器に腰かけ、此方を見ている。寒気立ち思わず瞬いたら消えていた。

23
グランド・ピアノを前にしてベートーヴェンの『月光』を弾いた。いつもは指が上手く動いてくれないのに、最終楽章までなんなくこなした。調子に乗ってリストの「超絶技巧練習曲」に挑戦したら、たちまち躓いてしまった。机に俯せになり、何時の間にか眠っていたのだ。気が付いたら、両手が痺れていた。

24
「冴えない顔してどうした」「泊まったホテルがいけなかったな。オマエこそどうした」「宿酔いだ。で、そのホテルって?」「ああ、連れとダブルベッドで寝てた。知らない奴が俺の横に寝てやがるんだ」「横にか」「そうだ。で、俺は怒鳴った。なんで、隣に寝てやがるんだ、ってな。そしたら目が覚めた」

25
奥田は、徹夜でホラー小説を書くような三文作家だ。3階の自室から、勤務先へと急ぐ会社員の姿が、見える。隣の30階建ビルの屋上から、男が舗道に飛び降り、通行人2人を巻き添えにした。舗道に血が飛び散り、辺りが騒がしくなる。奥田は3分前に書いた己れの原稿によく似た描写を発見、愕然とした。

26
宿酔いの頭を抱え、田河はベッドを抜け出して突き当たりの洗面所に向かった。柱時計が不気味な音をたてて夜中の2時を報せる。薄暗い中、洗面所に辿り着き、洗面台のグラスに手を延し……壁からニューッと、手が出てきたのに驚き、彼は飛び退いた。よく見たら自分の手が鏡に映っていたに過ぎなかった。

27
「ヒーッ暑い、一杯呑んで帰るか」「ペヨーテ、ってパブがあるぞ」「へえー奇妙な建物だな」「まったく」「いらっしゃい、いつものでいいですか?」「うん、いつものを2盃」「いつもの?そうだな」「ハイどうぞ」「健康に乾杯」「お互いにな」「うん?周りの様子が変だぞ」「トリップしてしまった!」

28
半日以上、砂漠を彷徨っていた。太陽が情け容赦もなく、強烈な熱線を浴びせる。手にしたバーボン・ウイスキー瓶は、何時の間にか、空になっていた。一瓶呑んだのにまったく酔わない。日陰があったら暑さが凌げる……そう思ったら、バーボンの入ったタンブラーを前にしてバーのカウンターに座っていた。

29
真島は、前の車がトランクから血のような液体を滴らせているのを目撃、警察に通報した。パトカーの指示に従って路側帯に停止した車から、バート・ヤング風の気の好さそうなオヤジが薄くなった頭を掻きながら出てきて、トランクを開けた。暑さで、シロップを入れた缶の蓋が吹っ飛び、中身が溢れていた。

30
寝過ごした安川は駅に駆け込み、電車に飛び乗った。座席から何気なく窓外を眺め、風景の違いに気づいた。延々と拡がる田園地帯……乗り間違えたのだ。次の停車駅で反対方向に向う電車に乗ったら、直ぐに出発した。窓外を観た彼は絶叫した。電車は、天空まで届く髑髏の山を掻き分けながら疾駆していた。