大切な母の存在。
母は帝王切開でほとんど麻酔が効かない状態で私を産んでくれた。
なぜなら、交通事故で母は左足の大腿骨を骨折していたからだ。
私が生まれてからは仕事も行かずに私に付きっきりで毎日公園へ連れて行ってくれたり、遊んでくれた。
 
きっと私が普通の状態で産まれなかったからだろう。

私が不登校の時も母は苦労したことを知っている。
私が辛いときは心配して力になってくれて、時にはお互いの性格の違いで仲が悪くなったこともあったけど、私にとって母は一番大きな存在だ。

母が家の中で転倒して左手首を骨折してしまったこと、つい最近のことのように思える。
年末で大掃除している時で、もしかしたら母に無理をさせてしまったのではないかと私は責任を感じている。

母が骨折の手術をするため入院になった時は、いつも隣で寝ていた母がいない寂しさを痛感した。
いつも必ずそばにいる存在がいなくなると、その人の大切さを改めて実感するものなのだと学んだ。
母のリハビリに毎日一緒に付き添い、母の左手首は日常生活に支障が無いほどに回復した。

ただ、私にとって母の骨折がすごくショックだったのか、その辺りから毎日微熱が出たり体が痛くなったりと身体的症状と、気分の落ち込みが激しくなったり感情がコントロールできなくなったりの精神的症状が続き、今も治っていない。

ママにとって私はどんな存在なの?
私はママの役に立てているの?
病気が悪化して、夢も見つからず負担ばかりかけている私を必要としてくれる?

こんな子どもでごめんなさい。
本当は順調に大学まで行って、好きな仕事をして、親孝行したかったのに今の私はたいしたことできない。
ママが私を産んで良かったと、心から思ってくれるその時まで私は産まれてきた意味が見つからないよ。