「食べないの?」


久世君は、瑠衣の手付かずのお好み焼きを指差した。


「食べる」


食べて、少し落ち着こう。
涙が出そうになってきてしまう。
自分が泣いてはいけないのに。


無理矢理、お好み焼きを口の中に押し込んだ。

水を、喉に流し込みながら。



「親が一度、転校させてくれた」


「いつ?」


「中学2年の夏休み前」


「…そうだったの」


「転校した途端、今度は女子にばかり、話しかけられて」


「…」


彼がすごくカッコ良かったからだろう。
女子が放っておくはずが無い。


「女子同士が喧嘩を始めた。その火種だったせいか男子に嫌われて、また何度も呼び出されて、たくさん殴られた」



瑠衣はお好み焼きの残り半分を見つめていた。
とてもそれを口に入れる気分にならない。



「誰とも仲良くなれないまま、卒業」




言葉が出て来なくなる。




「担任の先生と両親が、何度も話を聞いてくれなかったら、死んでたかも」



彼は焼きそばを食べ終わって、窓の外をまだ見つめていた。


「先生、元気かな…」



彼は、独り言のように呟いた。



「高校に入ると、1年間誰からも何もされなかったけど」



彼は瑠衣を、初めて見た。
無表情のまま。



「1人の方が、気楽だった」




「…」


瑠衣は、また深く、反省した。




外見の華やかな印象だけで、久世君の過去をあれこれと想像してばかりいた、勝手な自分を。



きっと、苦しみはこれだけじゃ無かったはずだ。


こんなに短い会話ではとても語り尽くせないほど、小さな苦しみや悲しみは、いくつもあっただろう。



壮絶な過去。




自己紹介の時の人を拒絶する態度は、精一杯の、彼のバリアだったのかも知れない。



「どうして、私に話してくれたの…?」



ダメだ。


ダメだ。


落ちないで。


願いはむなしく、瑠衣の頬から、涙が零れ落ちた。




自分が泣くのはおかしいのに。



瑠衣は慌てて涙を拭こうと、バッグからハンカチを取り出そうとした。






久世君は手を伸ばし、左手の親指で、瑠衣の涙をそっと拭った。



「…!!」




熱い。


触れられた部分が。




「俺の話、聞いてくれそうな気がしたから」






「…」





涙が、止まらなくなってしまった。
せっかく拭ってもらったけど。


瑠衣は、自分のハンカチで、顔を覆った。


久世君は、しばらくそんな瑠衣を、じっと見つめていた。



「…泣き虫なの?」




「ううん、いつもはあんまり泣かない」



「そう」



久世君は、瑠衣に言った。




「なるよ、佐伯さんの友達」




瑠衣は、ハンカチから顔を上げた。



「え?」




「お茶友達、募集してるんでしょ?」



彼は、瑠衣の目を見て、微笑んだ。



「俺で良ければ」





強い人だ。




酷い目にあったというのに、それでも。







瑠衣を信じて、友達になると言ってくれた。







瑠衣は泣きながら、笑った。




「よろしく、久世君」