「合宿はどうかしら」

楓がホワイトボードの横で、提案した。

夏休みの始まり。
蝉の声は閉まった窓の外からも響き渡り、エアコンをつけてもなかなか部屋の中は涼しくならない。

部室棟にて、手芸部では定例のミーティングが行われている。

ドレス制作は日々順調に進んでいるが、なにぶん全員素人のため、恐ろしく進み具合が遅い。これでは、夏休み明けすぐに始まる文化祭に間に合いそうにない。

「自分ひとりで作業を進めるよりも、お互いに苦手な部分を教え合いながら進める方が効率が良さそうじゃない?どこかに何泊かしながら親睦を深めつつ、ね」

葵、桃花、望月さんは、楽しそうだとはしゃいだ。

瑠衣は、うーんと唸った。

「合宿はいい案だと思うけど。…問題は、荷物やミシンよ。全員自分のミシンを梱包して宅配便で合宿所に送る?…最初からそういう作業がすぐに出来るいい場所があれば一番いいんだけど…」


一緒に手芸部のミーティングに参加していた久世君が声を上げた。


「北海道に、小さい工場付きの撮影所がある」

皆が、彼に注目した。

瑠衣は、そうか!と手を打った。

「そういえば、『アフローミア』の商品は、北海道から出荷しているって言ってたよね!」


久世君は頷いた。


「最近まで、北海道が本拠地だったから」


桃花と葵の目が輝いた。


北海道!!

行きた~~い!!






久世君は、皆に提案した。

「撮影所なら広いから全員招待できるけど、来る?多分、泊まれる部屋もたくさんある」







皆は、大喜びで賛同した。



















久世君の好意により北海道で行うことに決まった、手芸部の合宿。
しかも、1泊や2泊ではなく、夏休みの間好きなだけいてもいいという。


ちょっとした旅行気分で全員ワクワクしながら飛行機に乗り込み、北の大地に足を踏み入れてから電車とバスを乗り継いで向かった場所は、札幌よりかなり南方にある場所だった。


バス停から30分ほど森林の中を歩き続けると突然、誰も想像できないような、小さくて美しい、城のような洋館が見えて来る。

森林の奥から秘密を湛えた女王の様に、その建物は皆を迎え入れてくれた。


「ここ…日本だよね」


「さすが、『アフローミア』…」


「涼しい…!!天国!!」


ブルーのタイルを基調とするその館は屋敷というより、コテージというより、大きさの規模がすでにヨーロッパの城くらいである。その場所は、『アフローミア』のページに度々登場していることを、瑠衣は急に思い出した。

…日本の、この場所で撮影されていたんだ!



久世君は慣れた様子で管理人に挨拶をし、荷物をその2人に手渡していた。


「管理人の堀江と申します。こちらは妻の郁美です。透矢さんには、とてもお世話になっております」

優しそうな小柄の老夫婦が、洋館の入り口で深々と全員に挨拶をしてくれた。

皆は、一人ひとり丁寧に自己紹介と挨拶をした。

「お食事はこちらで用意しますから皆様はどうか、作業に取り掛かって下さいね」

「そんな!…悪いですよ。食事は自分たちで何とかしますから…」

楓が慌てて言うと、久世君は首を横に振った。

「大丈夫。合宿が決まってからすぐここに連絡して、食事は堀江達に全部頼んである。友達が泊まりに来るのは初めてだし、きっと毎日美味しい食事を作ってくれる」


皆は恐縮してしまい、何度か辞退した。しかし、堀江さんご夫妻の温かい好意がとても有り難く、これ以上何度も断るのも申し訳無くなってきて、結局食事は全部作ってもらうことになった。


「今は撮影の為だけにしか使われていないから。工場のミシンは全部、好きなように使っていい」

工場と呼ばれる赤い煉瓦造りの建物の中には、ざっと数えるだけで30近くのミシンがあった。

部屋は隅々まできちんと掃除されており、業務用のミシンはすぐに使えるようになっている。

「本当に有難いわね。じゃあ、早速作業を始めましょうか」


楓が声をかけると皆は、楽しく作業を始め出した。
ちょっと信じられないくらい、嬉しい環境に身を置きながら。





洋館に割り当てられた部屋は全て個室だったが、浴室は1階に1つだけである。
そこはちょっとした洋風の温泉の様に広々としていて洗い場も沢山あったので、女子全員で夕食の前に一緒にお風呂に入った。

前菜からデザートまで、堀江さんの絶品コース料理に皆が舌鼓を打った夕食時。
デザートタイムになると、いつもはふざけている葵が急に、真面目に皆に話し出した。

「あの…さ」

「どうしたの?葵」


「今更なんだけど、本当に『ファッションショー』で、いいのかな?文化祭」

皆が、静かになった。

「ショーって、観終わったらはい終わり、って感じがして。それって、インパクトはあっても、観てる人達は心から楽しめるのかな?」


「…それもそうね」


楓も頷いた。


「何かこう、もっと皆が本当に楽しめる企画にしたいと思うんだけど…」


「作ったドレスを貸衣装にして、写真館にするのはどうかな?」


瑠衣は、提案した。


「ここが撮影所だって聞いて思いついたんだけど。文化祭の時も、いくつか背景の写真や絵を準備しておいて、衣装やアクセサリーを出来るだけ沢山こちらで作っておくの。来てくれた人に自由に貸し出しして、自分でコーディネートしてもらって、それを本人のスマホで撮ってあげるったいうのはどう?」


「いいわね…それ」


「楽しそう!」


「その方が、盛り上がるかも…!」


「あ、だったらさ、ドレスは出来るだけ誰でも着れるように、ウエストとか調整出来るように作っておかないとね!!」


「まだ会場押さえる前でよかったわね。これなら、ステージじゃなくてどこかの広い教室を確保すれば大丈夫かも…」


皆が楽しそうにデザートを食べながら話し合っている。久世君は嬉しそうに微笑みながら、その様子を見つめていた。