翌日の放課後。

瑠衣は日直当番が一緒だった戌井君と二人きりになり、やっと彼に声をかけることができた。

「戌井君、ありがとう」

「…?」


「監禁されていた危ない場所から、助けてくれて。本当に、迷惑かけてごめんね…」


「お礼はいいよ、もう」


戌井君は日誌を書きながら、少し思い出したようにこうに言った。

「正直言うと僕は、かなり怖かったよ。滝と違って、運動できるわけじゃないし。でも、消火器を使ったのは僕のアイデア」



少しだけ得意気に、彼は言った。


「そうだったんだ…」


瑠衣は、申し訳ない思いで心の中でまた、彼に頭を下げた。

「妹さん、すごいね。あのマンションのオートロックと部屋の鍵、10秒くらいで開けてたよ。何だか、よくわかんないパソコン使って…」


「そ、そうだったんだ…。妹ね、ちょっと変わってるから…」


ちょっとどころではないけど。
警察には一体、どうやって鍵を解除した方法について説明したんだろう。


「うまく助けられて良かった」


彼は、眼鏡の淵を指で上げ、こう続けた。


「お礼の代わりってわけじゃないけど。佐伯に頼みがあるんだ」

瑠衣は、目を輝かせた。

「いいよ、何でも言って!」

彼は日誌を書き終わり、少し言いにくそうに顔を上げた。

「テストが終わったら、漆戸さんを誘ってどこかに遊びに行こうと思ってるんだけど、こういうの初めてだから…会話が続く自信が無いんだ。良かったら一緒に、来てくれない?」

ん?

「3人で出かける、って事?」

「誰か、他に男子1人誘ってもいいし。滝でも、久世でもいいから」

「ダブルデートね?」

「…」


彼は恥ずかしくなったのか、返事をしなかった。

瑠衣は、大きく頷いた。

「わかった!約束」
















期末テストは精一杯頑張ったが、瑠衣の結果は当然ボロボロだった。

半月学校を休んでいた上に記憶が欠落しているので、今の実力では無理もない。

しかし、何とか奇跡的に補習を免れて、夏休みに入ることができた。














快晴の日曜日。
朝から瑠衣は張り切って、約束のダブルデートへ行く準備を進めた。

行き先を決められない2人に、瑠衣は動物園に行こうと提案した。
これは、もちろん自分の記憶の再現をするためでもある。
久世君に電話をして事情を説明し、予定を合わせてもらった。

洗面所で顔を念入りに洗い、背中まであるストレートヘアを綺麗に整える。

軽くメイクをする。
顔がパッと華やかに見えるように。

今の季節に合った服を、いくつかベッドに並べて考える。
今日の肌の色に合うかどうか分析しながら、瑠衣は試着していく。

紫のハイネック・ノースリーブ、オーガンジーにオパール加工を施した、スカイブルーの花柄スカート。

それから。

アンクルストラップがついたベージュのサンダルに、何度か巻かれたストラップ部分には、久世君にもらった白猫ビジューのシュークリップをつける。

彼からもらった白猫の、キラキラと輝く小さなイヤリングも耳につけてみる。


瑠衣は鏡を見た。

アクセサリーのせいだろうか。
いつもよりキラキラ輝いて見える。
自分が、自分では無いような気がしてくる。


自分に、一体何が起こっているのだろう。
自分の見た目を気にしたことなど、今まで無かったのに。




「おはよう!…待たせてごめんね」

待ち合わせ時間は、朝の10時。
動物園の入り口にて。ピッタリ10時ジャストに到着してしまったようだ。

自分が一番最後に到着してしまった様だ。

「おはようございます。ピッタリですよ、時間」

「おはよう。今日はよろしく」

「…瑠衣」

久世君は、少しこちらに近づいて

「…すごく似合う」

と、嬉しそうに、微笑んだ。




4人で相談し、昼食だけは全員で摂ることに決めた。
午前中はどうやら、戌井君と漆戸さんの2人だけで回りたいらしい。

久世君と2人で、サル山にやって来た。

サルたちは相変わらず仲よくしたり喧嘩したり、荒々しくみんなをまとめたり、好き勝手をしたり、楽しく遊んだりしている。


彼は、1匹のサルを指差した。



「あれは、瑠衣」




「…?」



腰が重そうな1匹のサルの手を掴んで、離れた場所にいる別のサルの元へ連れて行こうとしている。


「いつも、誰かと誰かを繋げようとしてる」


瑠衣は、つい彼をじっと見つめてしまった。


「…そう?私、そういう風に見える?」


「…うん」



サルを見ながら彼は、ちょっと楽しそうに笑っていた。


「だから、見ていて飽きない」


瑠衣は少しだけ、胸がぎゅっと鳴った。





この場所で、偶然ばったり会った久世君に『友達になって欲しい』と、お願いをしたのだ。


こういう笑顔を見せてもらって、ほっとした時だったのかも知れない。


「どうやって、お願いしたのかな、私」


瑠衣がいきなりこう言うと、久世君は瑠衣の方を向いた。


「…え?」


「久世君に、友達になって下さい、って言ったんでしょう?ここで」



彼は、瑠衣を真似て言ってくれた。



「『私と、友達になってくれない?』って、言ってた」



瑠衣は、腕を組んで考えた。


「…他には?」


「『「いずれは恋愛対象として見て欲しいとか、そういうヘンな意味じゃ無いから安心して。ただの友達になりたいだけ』って」


「…その言葉なのかな…」



自分が、いつまでも引っかかっているのは。



「…?」


「あのね、久世君」


「うん」


「私、ちゃんとあなたの事を知りたい」



「…うん」



彼は、瑠衣に言った。


「じゃあ、昼食が終わったら、ついて来て」


どこへ?



「俺が働いている父の会社。案内する」