5月7日、16時。私がいる旧視聴覚室に、『灰色』の海斗が飛び込んできた。

「マナ」
海斗は私を忌々しい表情で睨んだ。

「何?」

「何故ここにいる」

「ここが、空き教室だから。私は普段ここにいると決めている」

「何か知っているのか」

「何を?」

海斗は、私に近づいた。

「俺が5人いる」


海斗は壁に手をついた。

「5人?」

壁と海斗の間に挟まれ、私は身動きができなくなる。

「俺は2年2組の教室にいた。だけど、1組から5組まで全クラスに俺がいる」

「うん」

「何か知ってるんだろう?」

「知ってる」

吐息が、触れ合いそうな距離。

私の鼓動は、海斗の挙動にしか揺らがない。
かなりの重症で、本当にもう、自分でも手に負えない。

「あれは、何だ」

「あれとは…ああ、1組から5組まで。全員、海斗」


「はあ?」


「一緒に来て。説明する」

そして、ちゃんと謝る。
謝りたい。

2人で学校を後にし、私が住む岩時神社に向かった。

参道を登り、神社の鳥居をくぐり、カフェの横を抜け、拝殿さえ抜けて、本殿へと入る。

「本殿へは入った事が無い」

「大丈夫」

「関係者以外、立ち入り禁止だろ」

「問題ない」

中へ入る。ひんやりとした室内。

少しだけ光が差し込み、湿った樹木の香り。

白い装束と、盆と盃のみが置かれている畳の上は、清潔に整えられている。

「それに着替えて」

「…?」

私が後ろを向いていると、海斗は装束に着替えたようだ。

「ここは、あなたの心の中の世界」

私は、海斗を見つめてこう続けた。


「だから、あなたは5人いる」


「この岩時神社では、本祭りの前、選ばれた者のみが神と寝食を共にする」

「それが『気枯れの儀式』」

海斗は不思議そうにこちらを見つめた。

「その儀式が終わらないと、私は人と会うことを禁じられていた。それなのに」

私は、向かい合って正座している海斗に、霊水の入った盃を渡した。

「私は、間違えて人の前に姿を現し、あなたと会ってしまった。海斗」

『灰色』の海斗は、聞き返した。

「マナ、何を言っている。7年前の祭りの時のことか?」

「そう。神輿が燃えた。その時、私はうっかりあなたに姿を見せてしまった」

私が海斗に飲むことを勧めると、海斗はおそるおそる、霊水に口をつけた。

「その時に、私はあなたの心をバラバラに燃やしてしまった」

「…」

「あなたは、たった1人の海斗であるはずなのに」

私の目に映るのは、業火に焼かれた色とりどりの、海斗の心。

眠りを妨げられたというだけで、怒りにまかせて燃やしていい心など、あるはずは無かったのに。

「私は不死鳥。何度でも蘇る。でも」

「あなたの心は」

私は深呼吸した。


「きちんと元に戻さないと」