5月7日、16時。
チャイムの音は、少し変わっている。

岩時高校の校歌を、簡略化したメロディーである。
私にとっては微笑ましく愛すべきもので、とても心に残る。

2年1組には、『黄色』の海斗がいる。

「海斗」

放課後になり、彼の教室のドアを開けると、友達に囲まれた海斗は、軽くこちらに手を上げて返事をする。

「マナ」

『黄色』の海斗は、陽気で楽しい人物である。
どの友達にも分け隔てなく、優しい。

「少し付き合って欲しい所がある」

海斗は私を見つめ、笑顔で頷いた。
「わかった」

放課後、海斗と二人で私が住む岩時神社のカフェに寄り、海斗はコーヒー、私は抹茶パフェを注文した。

「最近、何か変わった事は?」

私が聞くと、

「マナが優しい」

海斗は柔らかく微笑み、私をじっと見つめた。

「お前なら、何か知ってるのかな」

「?」

「目を細めるとさ、人の心が見えるんだ」

「心?」

どきっとした。
海斗に、あの力が宿ったというのだろうか。

「正確には、心の動き、かな。石のように見えるんだ」

「穏やかな時は緑色の石、怒っている時は赤い石、悲しい時は灰色の石、清々しい時は青い石」

「…」

「石の大きさも、形も、心の状態で変わる。みんなが考えている事が、手に取るようにわかる」


「…そうか」


やっぱり、そうだったんだ。


私のせいだ。

これを、海斗から聞き出したかった。


「目を細めなければ、何も見えない。俺が見ようとしなければ」

「海斗」


ごめん。

謝罪しなければ。

「7年間ずっと、人の心が見えていた…?」

「見えていた。でも、おかしいんだ」

「おかしい?」

「マナ」

「なに?」

カフェのテーブル越しに海斗は、私の頬にそっと触れた。

「お前の心だけ、何も見えない」

それはそうである。
私は人では無いのだから。

「教えて、マナ。お前の事が知りたいんだ」

海斗は徐々に、私に近づいてくる。

「お前は、どうやって俺の前に現れたの?」

少しでも近づけば、唇が触れそうな距離。

「俺はどうして、お前の事ばかり考えてるの?」

海斗はそっと、私の髪に触れた。

「苦しいんだ、いつも。助けてよ、マナ」

最後は、小さくて聞き取れないような、悲鳴のような声で囁く。

「助けに来たよ、海斗」

私は、自分から海斗に触れた。
涙が溢れる。

「助けに来たんだ、本当に」