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それは、杏奈がいくつかパンを注文してからの突然のことだった。

「あの、前は酷いこと言ってごめんなさい。」

思いがけない杏奈の謝罪に、琴葉はパンを袋へ詰める作業の手を止めてキョトンとした。
何のことだろうと、不思議そうな顔をする。
謝られるようなことが何かあっただろうかと思いを巡らす。
そして、あっ、と一年前のことを思い出した。

雄大から手を引けと言われたこと。
雄大のお金目当てで近付いたと言われたこと。
とても悲しくて悔しい思いをしたあの時のこと。

ばつが悪そうに目を伏せる杏奈に、琴葉はにこりと笑みを称えて言った。

「わー、そんなこともうとっくに忘れていました。ふふふ。杏奈さんってやっぱりいい人ですね。」

ニコニコと笑う琴葉に、今度は杏奈が不思議そうな顔をする。

「雄くんが、杏奈はいいヤツだからって言ってましたよ。」

「雄大が?」

琴葉が杏奈のことを恨まなかったのは、雄大が“杏奈は根はいいやつ”だと言ったからだ。
琴葉はそれを信じた。
例えそれが嘘だとしても、そういうことにしておいたほうが気持ちも楽になるからだ。

けれど今日、それは本当のことだったんだと実感した。時間はかかったけれどきちんと謝ってくれたのだ。自分の非を認めて謝罪することはとても勇気がいる。
それを杏奈は実行したのだから、琴葉は素直に嬉しいと思った。

「今日は来てくださってありがとうございました。」

琴葉はお金を受け取り、代わりに丁寧にパンを詰めた紙袋を杏奈に手渡す。
杏奈はそれを受け取ると、琴葉を見て言った。

「また、来るわね。」

「はい!ぜひ!」

杏奈の言葉に、琴葉は更に嬉しくなって満面の笑顔で見送った。