いつもどおりの日常、学校からの帰り道。目の前で楽しげにゆらゆら揺れるポニーテールを、なんの気なしに眺めた。

「ふふっ、美味しい!」

 色気より食い気がありまくりの幼なじみの様子に、こっそりため息をつく。

 昔と変わらない、幼なじみという自分の立ち位置。それを変えるべく告白したいのに、実際それをすることができない。

「なぁ食べながら歩くの、すげぇみっともないだろ」

「できたての熱々を食べたいんだもん!」

「同じクラスの女子で、同じことをしてるヤツはいないって」

「文句を言うなら、ついて来なきゃいいでしょ」

 アイツが足音を立てて歩くと、ポニーテールが左右に大きく揺れた。

(しょうがないな――)

 急ぎ足で隣に並び、強引に左腕を掴み寄せる。触れることのできるこの瞬間をラッキーと思いつつ、胸がドキドキした。

「なにすんのよ」

「口の端に、ケチャップついてる。そんな顔を、道行く人に見せたいのか?」

「それはイヤ……」

 そのまま腕を引っ張って、すぐ傍にある公園のベンチへと導いた。

「ティッシュ持ってないから、自分で拭けよ」

「口の端って、どっち?」

 ポケットからティッシュを取り出し、首を傾げて俺に訊ねる。その仕草が可愛らしくて、ドキドキを隠すのに必死になった。

「み、右側」

 しどろもどろに答えると、アイツは指摘されたところをゴシゴシ拭う。

「うわぁ、余計に広がってるぞ」

「嘘!?」

「しょうがないな」

 ため息をついて右手を差し出したら、新しいティッシュが静かに置かれた。意を決して、大好きなアイツと向かい合う。

 注がれる視線を意識しないように、顎の辺りを見つめた。右手の指先で持ったティッシュを使って、唇と頬に優しく触れる。

 柔らかそうな肌をどうにも傷付けそうで、自分のように手荒に扱うことができない。それでも早めに対処したお蔭か、難なくケチャップを落とせた。

「まったく。子どもじゃないんだし、少しは気をつけろよ」
「それくらい分かってる」

 昔と変わらない口喧嘩は、楽しいときもあれば、そうじゃないときもある。しかも大抵俺がやりこめられるので、起死回生と言わんばかりに責めた。

「今度からは、座って食べろよ」

「はいはい。どうぞ、お礼したげる」

 この機を逃さないと言わんばかりに責めたというのに、目の前に差し出された食べかけのホットドッグを見て、思いっきり躊躇してしまった。

「お礼?」

(――もしやこれって、間接キスになるのでは!?)

「遠慮せずに食べなよ」

 わざわざベンチから立ち上がり、口元にホットドッグを押しつけてきたので、意を決してかぶりついた。

「……んっ、美味い」

 恥ずかしさや照れが頭の中を支配するせいで、味なんて感じる余裕はまったくない。このひとことを言うのが精いっぱいだった。

 かぶりついた一口を延々とかみ砕き、必死こいて間接キスをなきものする。

「やっぱり美味しいでしょう? 」

「うん」

「だけどアンタ、おっきな口で噛みついたから、口の端にケチャップついてる」

 そりゃあ格好悪いと、後悔した瞬間だった。

 アイツの顔が、いきなり俺に近づく。左唇の端に柔らかい唇が、そっと押し当てられた。

「つっ!」

「アンタが奥手すぎるから、私からしちゃったじゃない」

 真っ赤な顔した幼なじみが、じろりと俺を睨む。

「なっ、はあ?」

 されたことが衝撃的過ぎて、キョドりまくるしかない。

「私の世話を甲斐甲斐しくしてくれるくせに、いざとなったら及び腰だよね」

「だって告白して断られたら立ち直れないし、このままの関係でいたほうが、おまえの傍にいられるだろ……」

 アイツの唇が触れた部分を指で撫でながら、言い訳がましいことを並べたてた。

「嫌いだったらこんなふうに、ずっと一緒にいないよ」

「あ、うん」

「いやだからね、今が押しどきでしょ! なんでそうなるかな」

 アイツは残ったホットドッグをあっという間に食べ終え、ぷいっと背中を向けた。ポニーテールは揺れることなく、静かにその場にとどまっている。

 俺の大好きな髪型。可愛い幼なじみの顔がはっきり見えるそれは、とてもよく似合っていた。

「ず、ずっと前から好きで、その……俺と付き合ってほしい、です」

 髪型を褒めつつ、心に残るような告白をしようと考えていたのに、張り詰める緊張感から辿々しいものになってしまった。

(こんなはずじゃなかったのに、なんてこった!)

 内心ショックを受けた俺の目の前で、大きくポニーテールが1回揺れるなり、勢いよくアイツが振り返る。

「引っ込み思案なアンタの尻を、私が叩かきゃいけないでしょ。付き合う以外の言葉はないよ」

「え?」

 驚く俺をそのままに、アイツの左手が右手を掴む。

「これでめでたく恋人になったんだから、これからは手を繋いで歩いてね」

 頬を染めたアイツが強引に歩き出したので、リードしなきゃと慌てて隣に並ぶ。

「小さいおまえが、男の俺を引っ張りながら歩くなんて慣れないことしたら、転ぶかもしれないだろ」

 繋がれた手に力を入れて、先を歩こうとするアイツの動きを引き止めた。

「なによ、簡単に転んだりしないってば」

「ケチャップつけて歩いてたヤツが、よく言うよ」

「アンタだってさっき」

 言いかけて、アイツがふっと息を飲む。

(――おかしい。いつもなら、口撃してくる場面なのに……)

「せっかく手を繋いで恋人らしいことをしてるのに、これ以上アンタとは喧嘩をしない」

 小さな声で呟くと、頬を赤く染めて俯いて黙り込む。

 恋人らしいことをしているのを、アイツのセリフで改めて意識した。

「まぁそうだな、うん。なんか焦っちゃって」

「焦らなくてもいいよ。少しずつ、慣れていけばいいんじゃない?」

 優しいアイツの言葉が、胸にじんと染みた。

「わかった。ちょっとずつ頑張る」

 一気に縮まった距離に翻弄されて右往左往した、格好悪すぎる今日の俺。だけど明日からは、少しでも格好いいところを見せるべく、頑張ることを心に誓ったのだった。

おしまい