その日、家に帰っても一切食事に手をつけられずにいた。
「蓮君、少し食べてくれないの?」
「ごめん、ムリなんです。」
僕は母に勧められても箸を取ることをしなかった。
「あの、新垣さん?だっけ。
ちょっとこの前カフェにお邪魔したの。
あの子凄いのね。
カフェラテのラテアート、おまかせにしたら私の携帯ケース見て猫にしたの。
あんなに自然に気配りが出来るって凄いわぁって思ったの。
それになんだかあの子の周りだとみんな笑顔になるのね。」
母さんの表情からしてこれはきっと本音だろう。
でも、その話を聞いても僕は簡単に笑えなかった。
「ごめん、本当にダメなんです。
僕、部屋に戻ります。」
数日空けて僕はまた病室を訪ねた。
この前は殺風景だった病室も彼女の私物が増えてか少し明るくなった気がする。
「調子どう?」
「最悪。もう自分じゃ歩けないの。
下半身がどんどん動かなくなってる。」
新垣は微かに足の指先を動かした。
「でも、私は暗くなんかいないよ。
もうこんな人生なのは前から分かってたことだから。
諦めて、私は私を生きようって。」
彼女の明るい姿を見て少しだけ元気になれた。



