コンマ一秒も経たせずに、日向くんは葵くんの目前へと迫っていた。振り上げられた傷だらけの拳は、白くて大きくはない手にぴたりと止められる。
 
 「めんこに出負けたか」
 
 めんこ?厚紙をぶつけ合って捲る遊びだ。どうやら日向くんの能力を必ず潰せるわけではなさそうだ。これは大きなヒントになるだろう。跳んだ体勢のまま、日向くんは落下した。いってえ、と叫びながらも葵くんに向かって蹴りを放つが寸止めになる。
 
 「少しは考えて動け。君は僕の能力を嫌というほど分かっているだろう」
 「うっせえな、葵だって俺そういうの苦手だって嫌っつうほどわかってんだろ!」
 
 吼える日向くんから葵くんは一瞬で距離を取る。流れない川の波打った水面の上に立つ葵くんのもとへ加速していく日向くん。寒気も頭痛もないけど、あからさまに罠だろう。
 
 「よく見とけよ」
 「や、やめてよ、」
 
 台詞だけは女の子にいい顔をしたい奴の物言いだったが、日向くん本人は何か確信に満ちた様子だった。恐らく――あえて私に葵くんの能力を見せようという魂胆だろう。私の制止を気にもせずに日向くんは突っ込んでいく。
 
 「――馬鹿者」
 
 あと数歩だった。日向くんが大きく踏み込んだところで、氷の柱が川の中央から天を貫いた。渋い顔で葵くんは氷の柱を眺めている。二秒ほど経って、柱が煙を上げながらばらばらと崩れて中から日向くんが現れた。
 
 「あはは、おかげで涼しくなれたぜ」
 「ああ、おかげで僕も肝まで冷えたな。君、実戦だったら死んでいたぞ」
 
 日向くんの捨て身の行動で、葵くんの能力が何なのか、大体見当はついた。問題は……
 
 「でも、ちえりの能力、マジでしっぽ出さねえな」
 「……ご、ごめんなさい……」
 
 謝るこたねーよ、と日向くんは手を振る。ふと、私は鈍い頭痛に襲われて屈み込んだ。
 
 「――確実に痛手を負う条件下でなければ、しっぽを出さないという訳か」
 
 いつの間にか葵くんがすぐ隣に立っている――私の首がさっきまであった部分に、氷で作ったであろうナイフを突き刺して。
 
 「おい、なんでちえりにそんなこと……俺とやり合うっつってたじゃねえかよ!」
  「積極的には狙わない、と述べたのみだ馬鹿者」
 
 冷たく言い放つと、葵くんは透明なナイフを河原に投げ捨てた。
 
 「ちえり、君の能力が……分かった」
 
 ナイフを持っていた冷たい右手を私に差し伸べる葵くんの様子は、どこかよそよそしかった。私の手を優しく握ると、葵くんは懇願するかのように言葉を紡いだ。
 
 「ちえり、君の能力は戦闘には向かないんだ」