「なあ葵。俺たちどこ行くんだよ」
 
 交差点をいくつか越えたあたりで、日向くんが声を上げた。
 
 「君にもちえりにも知らせる必要はない」
 「なんだよー。俺がイプシロンだった時なんか実戦あるのみだとかなんとか言って、いきなり影のいるベータレイヤーに放りだしたくせにさあ」
 
 日向くんはつまらなさそうに両腕を背中に回す。日向くんは興味本位で訊ねたようだが、私も目的地がどこなのか気になっていた。制服でこんな時間に街を歩き回っているので、私達はどうしても人目を集めてしまう。特にセーラー服の私はどこの高校の生徒かなんて、すぐにばれてしまうだろう。頼むから早く目的地に辿り着いてくれ、と私は祈りながら足を動かしていた。やがて、私達は川を渡る橋へと辿り着く。
 
 「ここでいいだろう」
 「葵。どういうことだよ、もったいぶってねえでさっさと教えろよ」
 
 葵くんは何も言わずに土手の方へと降りていく。あ、置いてくなよ、と日向くんもついて行く。私も二人と行動すべきだろう、と判断して斜面をくだる。
 
 「なんだよー。ザリガニでも釣るのか?」
 
 軽口を叩く日向くんに見向きもせずに、葵くんは川べりに屈んだ。葵くんは華奢な人差し指を流れる水面に突き刺す。途端、水面がみるみるうちに勢いを失っていった。私達はベータレイヤーに入ったのだろう。さっきまで雑草を揺らしていた風が止んでいる。何かを察したのか、日向くんの顔がいきいきと輝き出す。
 
 「やっと葵のやりてーこと分かった。俺とちえりで組むんだろ?」
 「そう、僕と君たちで模擬戦だ」
 
 葵くんは制服のネクタイをはずした。白い首が髪と角襟の間から覗く。細い腕、華奢な身体。とても歴戦のヒーローとは思えない出で立ちだ。しかし理知的な瞳は射抜くようにこちらを見据えている。日向くんは今朝したように私を抱えると、対岸へと跳び移った。そっと私を下ろすと、私の前に立ち向こう岸に向かって叫んだ。
 
 「どうせ手加減できねえんだろ?」
 「だから君を呼んだんだ。日向、少しは強くなっただろ?僕から彼女を最大限守れ」
 
 今朝の日向くんも相当強く感じたが、この物言いでは葵くんは更に強いということだ。どんな能力なのだろうか。