このプレハブ小屋はもうすぐ無くなる。

 佳くんは東京へ帰ってしまって、顔を合わせることが困難になる。
 俊太も、私から離れようとしている。
 親は現実を見ろと、私を夢から引き剥がそうとする。

 色々な物が、私から一遍に離れていこうとしていた。


「……っ……」


 今はただ、泣くことしか出来ない。

 悲しみも苛立ちも不安も、今は我慢せずに、一度すべて流してしまおうと思った。
 考えるのは、それからでいい。

 ――ドォーン……
 遠雷が鳴った。
 雷はいつも突然にやってくる。

 それでも今は、帰る気にはなれなかった。
 ここに、居たかった。


「ケイ」


 佳……?

 私は、突然声のした方を振り返った。
 そこには、ドアに手をかけてこちらを見ている俊太の姿。

 私の視線は彼には留まらず、その周りを彷徨った。
 俊太は私の思いを察したのか、私に静かに歩み寄り、その手を私の肩に置いた。


「俺がケイと呼ぶのは、お前だけだろ?」


 静かに響いた彼の声に、私ははっとする。
 佳くんの事を考えていたせいで、ケイという〝音〟に反応してしまったのだ。
 今まで、こんな事は一度もなかったのに。


「ごめん……」

「……酷い顔だな。どうした? 話してみろ」

「……」

「ゆっくりでいい。一つずつ話していけよ。それとも、俺には話せない事でもあるのか?」


 話せない事……。


「そんなことは……」


 私の夢を話したら、俊太はどんな反応をするだろうか。応援してくれるだろうか。
 それとも、私では無理だと笑うだろうか。


「話せる範囲で構わないから話してみろよ。今お前が思ってることを」


 最近の俊太は、前よりもずっと優しい。


「……うん」


 私は、自分の心に渦巻く感情を、ぽつりぽつりと、俊太に打ち明けていった。


「ミュージカルか。俺にはよく分からない世界だな。そういうのはホシケイが詳しいんじゃないのか? あいつはお前の夢のこと、知ってるのか?」

「うん、知ってるよ。少し前に話して、色々と教えてもらってたんだ」

「……そうか。……俺よりも先に……」


 俊太が瞳を閉じる。
 彼の眉間には、少しだけ皺が寄っていた。

 そして再び私に向けられた眼差しからは、いつものクールな色は抜け落ちていた。