「神田くん、何言ってるの…私より先に神田くんが」
「俺は大丈夫、慣れてるから。宮木(みやき)さん、行き先は白野さんの家でお願いします」
宮木さん。
初めて聞く名前。
だから多分、その名前の人物は───
「仰せのままに」
よく私を送り迎えしてくれる、運転手さんだ。
その人は落ち着いた声で肯定した。
焦っている様子はない。
「……おい、まずは拓哉優先だ」
流石の涼雅くんもこれには黙っていられず、宮木さんと呼ばれる人に口を挟んだけれど。
「……雪夜様、これは神田様の命令でございます。
従わなくてどうしますか」
「……っ」
低くて、よく通る声。
宮木さんの言葉に涼雅くんは言葉を詰まらせ。
「チッ、なら早く白野の家に迎え」
「かしこまりました」
「……そんな、涼雅く…」
「諦めろ。拓哉には誰も逆らえねぇ」
涼雅くんも悔しそうな表情をする。
きっと相当心配しているのだ。
「ねぇ神田くん、どうして…?
先に神田くんが」
「関係のない白野さんを巻き込んだ俺の使命だから。絶対に白野さんを危険な目に遭わせない」
少し話しにくそうで、だんだんと息が荒くなる。
自分で汗を拭うと言ったのに、タオルを手に持っているだけで。
「私は後でいいから…神田くんがっ」
「簡単には死ねないよ。白野さんを置いてけない」
それなら余計に、今だけは自分を優先してほしい───
けれどその思いは彼に届かず。
涙を堪えるだけで、結局私は何もすることができなかった。



