闇に溺れた天使にキスを。




「ありがとうございます…!」

そのハサミを受け取り、私は騒然としている人混みをかき分けて元の場所に戻った。


無力なりに、できることはある。


「……っ、神田くん!」


元の場所に戻れば、神田くんは木にもたれていて。

その目は閉じられており、汗の量もさらにひどくなっていた。


「……白野さん、どこ行って」

私の呼びかけに応え、目を開ける神田くんはもたれた体を起こそうとした。


「ダメ、動かないで」

そんな神田くんの動きを制し、私はハサミで自分の浴衣を切る。


「……え、白野さん何してるの?
自分の浴衣をそんな乱暴に扱って…」

「乱暴に扱ってるのは神田くん自身のことだよ!
自分の怪我の酷さもわからないの!?」


涙がじわりと目に浮かび、溢れてしまいそうになるためそれを拭って視界を確保する。


「…………」

自分でも驚いている。

こんな怒ったように叫んだこと、生きてきた中で一度もなかったから。


けれどそれぐらい、今の神田くんはバカな人に思えたんだ。


「なんであの時、私庇ったの…」


きっとあの時、通り魔のターゲットは私だったのだと思う。

だから神田くんが私を庇うようにして、抱きしめる動作をしたのだ。


拭っても拭っても涙は止まらず。


震える手で神田くんの傷口に切った浴衣の部分を塞いだ。


少し長めに切ったため、少しだけ布を縛ると神田くんは一瞬だけ顔を歪めた。


「……俺のことで泣かないで」

神田くんの手が私の頬に触れる。


その目はいつもみたいに細められていて、大きな傷を負ったようには見えない。


「だって、嫌だよ…神田くんに何かあったら……」


振り絞るような声。
必死だった、目の前の彼が消えてしまわないよう。


本当に突然、姿を消してしまいそうで怖い。