闇に溺れた天使にキスを。




「……っ、俺は大丈夫だから」

大丈夫じゃない。
神田くんは自分の手で傷口を覆っている。


その顔は落ち着いているように見えて、隠しきれていない。


「そんな、救急車…」
「ダメだよ、救急車なんて呼んだら」


震える手でスマホを取り出そうとすると、低い声で脅されてしまう。

どうして?
早くしないと命に関わってしまう。


泣きそうになりながら彼のほうを向く。

救急車が呼べないのなら、せめて応急処置をしないといけない。



何か、傷口を塞ぐもの───


その時、自分の浴衣が目に入る。
今傷口を塞げるものといえばこれしかないと。


けれど切れるものがない。


「神田くん、すぐ戻ります……!」
「……え、白野さ」


呼び止められてしまう前にその場を去り、周りを見渡す。

多くの人が逃げる中、ふとある屋台に目がいって。


「……すいません!」

「お、ちょうどよかった。お嬢ちゃん、通り魔が人を刺したって本当なのか?周りが逃げてるんだけど…」


もうここまで広まっているのだと思いながらも、逃げるより先にやらなければいけないことが私にはあった。


「本当です、だからそのハサミ貸してください…!」

「……は?何言ってんだお嬢ちゃん。
このハサミはイカ切ってるから臭いが」

「いいから貸してください!人の命がかかってるんです!」


ほぼ半泣きになりながら訴える。

そこはイカのスルメを売るお店で、ハサミが目に入ったため、ここに来たのだ。


臭いどうこうとか気にしている場合じゃない。
切れるものならなんでもいい。


私の姿に圧倒されたのか、戸惑いながらもハサミを貸してくれる。