ゆっくりと彼のほうを見上げる。
視界に彼の姿を捉えたのと同時に───
花火が上がり、大きな音が周りの悲鳴をかき消した。
「……っ」
周りが騒然とする中、神田くんは一瞬顔を歪めたけれど。
すぐ冷静な表情に戻った。
そして神田くんのすぐ後ろから、フードを被ったひとりの男の人が現れて。
けれど相手はサングラスをかけており、うまく顔を認識できないうちに背中を向けて去ってしまう。
その男の人の右手には、刃が血で染まったナイフを持っており。
さらにドクンと鼓動が嫌な音を立て、よくない汗が私の背中を流れていく。
どうして手にナイフを…その赤い血は、いったい誰のもの?
わからなくて、頭が追いつかなくて。
通り魔と叫ばれたフードを被った男の人の背中は遠くなり、周りはその人物から逃げるように走り始める。
「白野さん、少し移動しよう」
神田くんが私の手を引く。
その姿はいつもと変わりなく、少し安心していたのも束の間───
「……っ、か、神田くん…!」
嘘だと思った。
信じたくないと。
だって神田くんはこんなにも平気そうにしているのに。
私の前を歩く神田くんの、ちょうど右下腹部の裏側にあたる背中の部分には、思わず目を背けたくなるくらいの血が浴衣に滲んでおり。
その血はじわじわと広がるばかり。
先ほど、男の人が持っていたナイフの刃を赤く染めていた血と一致する。
「神田くん、早く…」
声が震えてうまく彼に伝わらない。
辺りが騒がしく、花火の音すら私の無力な声をかき消しまう。
そんな彼は私の手を掴んだまま歩いていて、さらには空いている手でスマホを耳にかざし電話をする動作に入っていた。



