「白野さん、俺の先を歩いたらダメだよ」
「勝手に決めないで」
「なるべく周りには見て欲しくないから」
ほら、と言って優しく腕を引かれる。
意地になってみたものの、あっという間に彼に捕まってしまった。
「神田く…」
「久しぶりに会ったんだから、そんなに冷たくしないで?寂しい」
わざと、甘えるような声をだして。
私をおとなしくさせようとする。
かわいく甘えるフリをして、機嫌をとりたいだけ。
「ずるい、そんな甘え方…」
「甘え下手だよ、俺。求めることしかできない」
ぎゅっと、後ろから抱きしめられる。
駅前の次はホームで同じようなことをされてしまう。
「離れてください」
「拒否されたら泣くよ」
「泣いてもいいもん」
「電車がくるまでだから。それでもダメ?」
悲しそうな声をあげ、私の心を揺さぶる彼。
わかっているのに断れない。
「で、電車がくるまでだからね…!」
「うん、電車がくるまで」
すぐさま嬉しそうな声に変わる彼だったけれど、思い通りに違いない。
こんな大胆なことして恥ずかしい。
やっぱり周りから視線を感じる。
電車の来る時間を電光掲示板で確認すれば、あと2分でくるらしく。
それまでの我慢だと思う中、心のどこかでは嬉しいと思っている自分がいた。
久しぶりに神田くんと会えたし、これからデートをする。
それってつまり、恋人らしいこと。
今日は忘れられない日になる。
そう思っていたのだけれど───
この後に私たちを待っていたのは、“暗い闇”そのものだった。



