いつものようにふたりで乗り込むと、車内は相変わらず満員。

神田くんと密着状態のため、いつも以上にドキドキしてしまう。



「じゃあ、白野さん」
「はい…」
「こっち向こうか」


確実に油断していた。

練習の意味を理解できないでいたため、まさか無理矢理顔を上げさせられるとは思っておらず。


神田くんは慣れた手つきで私の顎を持ち上げた。

もちろん自然と視線が絡み合い、恥ずかしいだけじゃ済まないほど顔が熱くなる。


「こら、逸らさない」


せめてもの抵抗の意思を込めて目をそらすけれど、神田くんに怒られてしまった。


「む、無理だよ…」
「だから練習するんだよ」

「じゃあやだ」

「これからずっと目を合わせてくれないの?
そんなの俺、悲しくて絶対いやだ」


どこか甘えるような声に、かき乱される心。

絶対わかってやっている。
私が断れない状況を作っているのだ。


「……悲しくなんてない」
「悲しいよ。今でも十分悲しいのに」

「嘘」
「本当だよ。だから───」


神田くんの片手が私の腰へとまわされる。


「俺も黙っていられないよ」

周りに聞こえないよう、低く囁かれるように言われる。
顎を持ち上げられ、腰に手もまわされて。

色々限界というものが私にやってきた。


「……っ、神田く」

恥ずかしさを押し殺し、彼と目を合わせる。
じゃないと彼の暴走は止まらない。


そんな神田くんは、“男の人”の表情をしていた。
そこに優しさなんてものはない。

意地悪の塊だ。