闇に溺れた天使にキスを。




「ああ、一番近くにいてやってほしい」


嬉しそうに笑う組長。
けれどこんな私でいいのかって、不安もある。

それにまだ、神田くんに聞けていないことだってあるのだ。


「そうだ。最後に拓哉にも言っていない話をしようか」
「……え」

「拓哉に入れてある、刺青の話だよ」


鳳凰の刺青を思い出す。
堂々と描かれている鳳凰は、神田くんにぴったりだ。


「実は拓哉の刺青には意味があってね」
「……意味、ですか?」
「そうだよ。あの刺青は妻の願いが込められているんだ」


神田くんのお母さんの願いが込められた、鳳凰の刺青。
いったいどんな思いを込めたのだろう。

けれど確か、神田くんは中学の時に入れたと言っていた。


もしそうだとしたら、少し矛盾が生じてしまうのではないか───



「妻は悟っていたんだ」
「…え」


悟って、いた?
少し鼓動が速まるのがわかった。


「命が狙われていて、いつ死んでもおかしくないと」


落ち着きのある声に、もう乱れた様子はない。

ただその瞳は、初めて組長を見た時の“諦めたような瞳”に変わっており、輝きはなかった。


「俺も、そう思っている。いつ狙われて死ぬかわからない。だから妻は拓哉の成長が見れなくなるかもしれないと思い、拓哉に鳳凰の刺青を入れることを望んだ。

神田組は虎の刺青だと決まっているから、それを入れる前に拓哉には鳳凰の刺青を入れさせた」


虎は肉体的な強さを示すと涼雅くんが言っていた。
もしそうだとすれば、鳳凰にはいったいどのような意味が───


「鳳凰の刺青が持つ意味の中で、“愛と幸福”があるんだ。
俺の妻は拓哉のことをずっと溺愛していてね、まさにぴったりだと思ったよ。

愛し愛される心と幸福が拓哉に訪れるように、と妻は一生体に残る刺青に願いを込めたんだ」