「小学3年の息子が人を殺そうとした。俺は心底悔しかったよ。たったひとりの息子さえ守れなくて」
悔しそうに顔を歪める組長の姿。
「俺が妻と拓哉の感情を殺したようなものだ」
首を横に振る。
何も知らない私だったけれど、それは違うと思った。
「……君は優しいね」
優しいとかの問題じゃない。
どう考えたって組長が自分を責める必要はないのだから。
けれど私は何の関わりもなかった一般人。
簡単に口出しできる立場ではないから、ただ首を横に振って否定することしかできなかった。
「でも俺は、結局拓哉に何もしてやれないんだ。妻が殺された当初、拓哉は抜け殻のような生活を送っていた。それはダメだと思い、本を読ませたんだ。少しでも現実から逃げられる時間ができたらいいと。
そしたら拓哉は本を読み終わった時、笑っていた。子供みたいに無邪気な表情を浮かべていたんだ。『本ってすごいね、たくさんのことを教えてくれる』と言いながら」
それで思い出す、神田くんとの会話。
本を読んでいるのは、感情を表現するための勉強だと言っていた。
つまり彼は小学生の時からもう、その方法で感情を習得していて───
思わずゾッと身震いした。
その時からもう彼は、全ての感情をなくし。
“自分で感情を作る”ことを学んでいた。
「その時渡した本は子供が主人公で、無邪気に冒険するような話で。それからずっと、拓哉はその主人公のように無邪気に生きていたよ。
それから本を読んでいくたび、拓哉は感情を“抱く”のではなく“憶えて”いった。そんな拓哉をもちろん周りは怖がっていたね」
寂しそうに揺らぐ瞳。
組長もまた、私の想像を絶するほど苦しい思いをしただろう。



