神田くんの目の前で、お母さんが殺された。
それは容易に想像なんてできないほどの重い内容で。
思わずぎゅっと自分の手を力強く握る。
私は神田くんのことを何も知らないのだと思い知らされた。
「小学3年の時、だったかな。
あの頃の拓哉は母親に似ていて無邪気な子供だったよ」
思い出すように話すけれど、その言葉ひとつひとつが重く切ない。
小学3年の時だなんて、考えただけでも胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなる。
当事者や関係者でもないのに。
それほどの衝撃が走った。
相槌をうつことすらできなくなる。
「ただ、俺も完全に油断していた。護衛をふたりしかつけていないのに、外に出ることを許可してしまったんだ。
俺も付いていけばこんなことにはならなかったと、今も後悔している。だから拓哉以外の3人は殺された。それも、拓哉は───」
組長の声が震えている。
この話をしてくれることに、相当な覚悟を要したのだろう。
もう大丈夫だと、言いたくなった。
それほどに今目の前にいる組長は辛そうで。
私まで胸が苦しくなって、息がしにくくなる。
「撃たれた妻の血飛沫を真っ向から浴びていた」
思わず自分の手で口元を覆う。
一瞬だけでも“想像”しただけで、気分が悪くなってしまうほどの話で。
惨いとはきっとこの話のこと。
神田くんは、神田くんは───
「その時に拓哉は感情を失ったんだ。
“悲しい”も“寂しい”も抱かなくなって。
俺が駆けつけた時には、拓哉は拳銃を手に持って『父さんごめん、殺し損ねた』って無表情で言ったんだ。その時俺は初めて子供相手に尋常じゃないくらいの恐怖心を抱いた」
首を横に振る。
耐えられない、そんなの私だったら耐えられない。
涙腺が緩み、涙が溢れそうになるのを必死で堪える。
何も知らない人間が話だけを聞いて泣くのはどうかと思ったから。



