闇に溺れた天使にキスを。




確かに考えてみればおかしな話だ。

生まれてからずっと“感情がない人”が本当に存在するのだろうか。


神田くんは生まれたときからずっと、感情を抱かない人間だったのかと。



今の組長の言い方からもして、神田くんには感情が抱かなくなった“原因”がある───


「少し惨い話になるが、最後まで聞いてくれるかな。
拓哉の話をしよう」


どうやら今日私が呼ばれたのは、これが目的だったようで。

神田くんの話をするため。



「……でも、私が聞いていいんですか…?」


神田くんの重い過去に私が踏み込んでもいいのか。
不安になって思わず聞いてしまう。


「……君だからいいんだよ。
それに拓哉は自分から言わないだろうから」


一度、私を安心させるように優しく微笑んだ組長に、私はゆっくり頷いて覚悟を決めた。

神田くんを知りたいと思って、私は彼に手を伸ばした。
それなのに中途半端なのは、一番ダメだと思ったから。


「ありがとう」

お礼を言われる筋合いはないというのに、組長にお礼を言われた後。


「……これも聞いているかもしれないが、俺の妻であり拓哉の母親である人物は、もう他界しているんだ」


過去の話へと切り替わった。


神田くんのお母さんは、もう亡くなっているのだと。

やっぱり先ほどの言い方に違和感があったのは、間違いなかったようだ。


そして───


「“死んだ”のではなく、正確には“殺された”。
それも拓哉の目の前で」


言葉を失い、息の仕方を忘れてしまうほど。
その話は軽い気持ちで聞いてはいけないものだった。