闇に溺れた天使にキスを。




「……若頭」


トーンを落とした声が耳に届く。
組長の表情は至って真剣なもので。


「組長と言われる俺なんかじゃなく、若頭である拓哉が一番恐れられている。まだ成人していない、子供であるはずの拓哉が何よりも脅威だと」


切なく歪められた表情が、深刻な話をしているのだと理解させられる。

神田くんが一番、この組で恐れられている。


現実味がない話。
だって組長が言った通り、彼はまだ高校生だ。



「拓哉はまだまだ強くなる。組内でも一番恐れられている。俺の後を継がせるのが不安だと思っているやつも少なくないだろう」


なぜこんな話を私にするのか。
そこには何かの意図が込められているような気がして───


「拓哉の話、どこまで聞いている?」


その質問で、何となくわかった気がした。
組長は私に、神田くんの話をしようとしてくれているのだと。


「……どこ、まで」
「拓哉は人の心を持っていないとかは聞いたかな?」


人の心を持っていない。
組長の口からそれが出たことに、少しだけ悲しくなった。

組長もそれを認めているのだと。


「……そこまでは聞きました」


けれどそれは違うと言いたかった。
神田くんはちゃんと“感情”を抱けるんだってことを。

意を決して組長のほうを向き、それを言おうとしたその時───


「まあ、拓哉は“感情が失われた”というほうが正しいんだけどね」


先に組長が口を開いた。

さらに苦しそうな、寂しそうな、たくさんの感情が混じっている複雑な表情で。


感情が失われた…?