闇に溺れた天使にキスを。




そして保健室に着いたのはいいものの、ドアは閉められていたため、中を覗くことができなかった。


けれどそれでよかったと思う。

もしドアが開いていたら、見たくないものを見てしまったかもしれない。


「……はぁ」

結局私は何がしたいんだろう。
こんなところまで来て。


ため息をつき、もう一度教室に戻ろうとしたその時───


ガラリと保健室のドアが開く音がした。
ああ、本当に私ってタイミングが悪い。

保健室から出てくる相手が誰かなんて、容易に想像できる。


「……白野さん?」


ほら、やっぱり。
優しい声が私の名前を疑問の形で呼んだ。

バレないかなって、淡い期待を抱いていたけれど。
彼はすぐに私だと気づいた様子。


「あ、あの…ごめんね、教室で待っててって言われたのに……」

俯き加減で振り返る。
もちろん彼のほうを見ないようにして。


「……いや、俺のほうこそごめんね?
すぐ戻るって言ったのに」

少し神田くんの返答を聞くのが怖かったけれど、私の知っている彼がそこにいて安心する。


そのため、思い切って顔を上げたけれど───



違うと思った。
やっぱり、いつもの神田くんじゃないと。

確かに話し方や口調はいつも通りだった。
けれど、表情が明らかに作られている。


怖いと思ってしまうほど、綺麗な作り笑いに思えて。

自然じゃない。
その優しい笑顔が少し怖い。