「わたしのこと、思いやってくれてありがとう」


「……別に、おれは……」


「だけどね」




放置されてさみしかったよ、とか。ひとりきりの屋上でずっと待ってたよ、とか。そんなことはもはやどうだっていいんだ。

わたしが伝えなくちゃいけないことは、わたしの思いよりも優先したいこと。深い深い古傷の表面を撫でる程度だろうけれど、そこに温もりが宿るなら、それに意味がある。そう、信じたい。


わたしにも、きみを、大切にさせて。




「わるい方向に考えすぎないで。さっきの子たちも、わたしにいじわるなことをしようとしたんじゃないよ。大切なクラスメイトのために、不良だってうわさされてるわたしに勇気出して声かけたんだよ」


「…………」


「やな思い、してないよ。いいことばっかりだったよ」


「……でも、っ」




受け止めきれずに開いた、乾いた唇。わたしは木本くんの手のひら付きの片腕を持ち上げ、噛み跡のついたストローの先端をそこに差しこんだ。


でも……そうだね。世の中、そう甘くない。オレンジジュースよりも酸っぱいことであふれている。明日はわが身だ。何が起こるかわからないし、『何か』が起こるかもしれない。

そのとき、わたしは。




「仮にいじめられたとしても、負けないよ。味方を集めて一緒に戦うから安心してよ」


「た、たたかう……」


「やられっぱなしはやだもん。真っ向から迎え撃つよ。あっ、もちろん木本くんも味方としてよろしくね。戦力は多いほうがいいし」


「戦力って……ふっ。かっけーな」




わたしは、黙って守られているだけのお姫さまにはなれない。蚊帳の外に追いやられるくらいなら、戦場に立つことを選ぶ。みんなと一緒ならきっと怖くない。


みかんの匂いが漂う。甘酸っぱい風味が、木本くんの口の中に注がれた。ひと口ぶんの量が減り、紙パックの厚みがなくなる。

手首を締め付けていた木本くんの手が、おもむろにわたしの手の甲をなぞった。そのままするりと『オレンジ100%』を奪い取る。すでにソレは木本くんのものだ。


チャイムが鳴った。昼休みが終わる。わたしは立ち上がり、ジュースを飲む木本くんに手を差し伸べた。




「木本くん」


「ん」


「たぶん、ここは、木本くんが思っているより何倍もやさしい場所だよ」




屋上の扉からもれでた、鮮明な光。黄みがかった白い光の線が、踊り場を明るく照らす。正午を過ぎた空は、無垢な子どものようにごきげんだった。