「入学当初から野球部に入るよう勧められてるのに、いっこうに入ろうとしないんだってね」
「……うわさってすげぇな」
ね。うわさって怖いよね。あることないこと、あっという間に広められる。わたしも身をもって知ったよ。わたし、不良じゃないよ。
だけど、うわさのおかげで木本くんのことを少しは知れたから、田中まひるが不良だっていう誤報への不満は帳消しにしてあげる。むしろこの偶然の出会いで、プラマイゼロじゃなくプラスになる。
屋上に来てみてよかった。
階段をのぼったのは間違いじゃなかった。
「わたし、きみに会いたかったの」
「は?」
突然の一言に、木本くんはぽかんと呆けた。
廊下ですれ違う程度じゃなくて、こうやって、話したかった。会いたかった。
こんな偶然、すごい。
――キーンコーンカーンコーン。
古めかしいチャイムが響いた。校舎内からこだまし、青空を揺さぶろうとする。校門を閉めている二階堂先生が見えた。
ショートホームルームが始まる。
「じゃっ、また!」
「……は?」
とりあえず言いたいことは言ったし、これからは「また」がある。次からは、偶然を待たなくても、会える。
わたしは大満足してはしごを降りていった。ショートホームルームに遅れると、またああだこうだ注意されかねない。何せ担任はあの二階堂先生だ。校門にいる先生よりも先に教室に移動しないと。
バタン、と屋上の重厚な扉を閉めた音が、無機質なメロディーを遮断する。
「はあああ?」
ひとり残った屋上では、30秒ほど遅れて、意味不明だと言わんばかりの独白が腹の底からこぼされた。もうそこに眠気はない。



