きっともう好きじゃない。



「それで、何しに来たんですか」


「急くね。まあ、渡したいものがあっただけ」


言って、重そうな部活用のスポーツバッグとは別に背負っていた薄っぺらいリュックを前面に回して中を漁る。

袋が擦れるようなガサガサという音の正体を引っ張り出して、篠田さんは一度薫の方を見た。

今度はわたしがその視線を追いかけるけど、薫はスマホの画面から顔を上げることなく、こちらには微塵も興味がなさそうだ。


別段隠す素振りも見せずに、口の開いたリュックを背中側へと押しやって、篠田さんがビニール袋をわたしに渡す。

無地のビニール袋、と思いきや、学校の名前が印字されている。


「なにこれ」


「ま、いいから開けて」


透明なテープの貼られた隙間から覗こうとしていると、さっさとテープを剥がされてしまう。

あとはどうぞ、と任されて袋を広げる。


プレーンとチョコレートのマフィンがふたつ。

可愛らしい包装の中に並んでる。


「……え?」


思わず、マフィンと篠田さんの顔を見比べる。

そうして、このマフィンと篠田さんの関係を考えた。


「もらい物ですか」


それなら受け取れない、と続けようとしたら、篠田さんが被せるように違うと言った。


「もらい物だったら渡さないし。買い物だよ」


「買い物って」


袋を縛る紐にタグがついていて、ハッピーバレンタインと書いてある。


「うちの悲しい風習なんだけどさ、放課後の玄関で食堂の人たちが売ってんの、それ。男子でひとつももらえなかったやつ限定で」


「うわ……」


「素でドン引くな。毎年恒例なんだよ」


売ってるってことは、配ってるわけじゃないんだよね。

なんだってそんな風習ができたんだろう。

まおちゃんはきっと正当に躱したはず。

篠田さんも、モテそうなのにな。


「和華? なんか失礼なこと考えてない?」


「陽日さんにはもらわなかったんですか?」


「……それな。俺も何でかわからないんだけど、もらえなかった」


最低限、というとそれこそ失礼になってしまうんだけど、本命かどうかはともかく陽日さんにはチョコレートをもらえたと思う。

だからさっき、ひとつももらえなかったやつ限定、って言葉が引っかかった。


「忘れてたとか?」


「いや、それはない。朝から校内中でバレンタインって単語30回は聞いてるし、部活のときに女子から全員義理でもらってる」


「それももしかして」


「そう、陸部の風習。袋にギリって書いて配んの。ほんと、いらねえわ」


項垂れて肩を落とす篠田さんが恨めしそうな低い声で続ける。


「その隙に本命渡す女子もいるんだよ。で、お返し渡して晴れてゴールイン。勝手にやっとけ」


愚痴っぽくつらつらと話していく様を見て、昨日とはまた雰囲気が違うなって思った。

思い当たる節、というか、たぶん陽日さんにもらえなかったことも相俟って拗ねているように見えるのは気のせいじゃない。