きっともう好きじゃない。



ようやく、薫が手を持ち上げる。

やっと素直になるか、と揺すっていた手の動きを止めると、薫は思いのほか素直にわたしの手を握ろうとして。


「いった!」


なぜか、わたしの手のひらをつまみ上げた。

そんなところ、普通つまんだりしない。

手のひらは厚い方だけど、つまめるほどじゃないし、むしろよくつまめたなと感心する一方で、痛みに顔を歪める。


「ばーか」


すぐに解放された手を右手でさする。

あれ、右手、何で自由になってるんだろう。

いつの間にかまおちゃんと離れていたらしく、囚われの右手は左手としっかり抱き締め合う。


もう離さない、離れない。

無理だけど。でも今は痛いし、くっついていようね。


「そろそろいいかな、御三方」


少し離れたところから声がかかった。

3人揃って振り向くと、テーブルにはメインの生姜焼きがもう置いてある。

声の主はお父さんだったんだけど、帰ってきたことに全然気付いてなかった。


これまでの引っ付き様はなんだったのかってくらいあっさりと離れたまおちゃんがいちばんに食卓につく。

追いかける薫をさらに追いかけて、いつもの定位置についてから、テーブルの上を見回す。


いつもはてんこ盛りのご飯がひとつ、普通がみっつ。

今日はてんこ盛りがふたつと、普通がみっつだ。

薫は食べようと思えばいくらでも食べられるけど、満腹にならなくていいとかで、いっぱいは食べない。

そのくせ、自分の好きなメニューのときはこれと同じくらいのご飯の量に、さらにおかわりなんかもするから、普段どれだけセーブしてるんだって思う。


お父さんとまおちゃんのご飯の量、わたし達の倍くらいある。


「いただきます」


誰がいちばんとか関係ない。

まおちゃんはお客さんだけど、特別じゃないから。


むしろ特別なのはわたしの方。

みんなのお皿には生姜焼きだけど、わたしのお皿には味噌焼き。

生姜って、香りは大丈夫なんだけど味が苦手なんだ。

お父さんが好きだからしょっちゅう晩ご飯として出てくるけど、わたしの分だけ別に味噌焼きにしてくれる。


「和華、美味しい?」


お母さんが何か企んでるときの顔で聞いてくる。

何その顔って思いながら、縦にこくって頷いたら、お母さんの顔がまおちゃんに向いた。