薫の部屋と同様にドアが全開のリビングに入ろう、として足を止める。


「……え」


声が届いていたのかはわからないけど、キッチンでお母さんと楽しそうに談笑していたまおちゃんがわたしに気付いて片手をひらりと上げる。


「おそよう」


「おは……おそよう。え? なんでいるの?」


「いたっていいだろ」


良いか悪いかの話じゃない。

理由を聞いたのに答える気はないみたいで、というかたぶん、ただ何となく早く来ただけなんだと思う。


「姉ちゃん邪魔」


立ち尽くしていると後ろから両肩を掴まれた。

そのまま手のひらで押されるから、前進するしかなくて。

薫に肩を持たれたままリビングに入って、あることに気付く。


「お父さんは?」


背の高いソファに隠れているだけと思ったのに、そこには誰もいない。

誰に訊ねたわけでもなかったのだけど、答えたのはまおちゃん。


「じゃんけん負けて買い物行った」


「じゃんけん? 買い物って……お母さんが済ませて帰ったんじゃないの?」


「生姜焼きの生姜忘れたんだって。な、おばさん」


いたずらっぽく笑ったまおちゃんが最後はお母さんに向かって言う。


「アホかよ」


小声でぽそっと呟いた薫に頷きを返す。

それでじゃんけんって。

お父さんがじゃんけん弱いの知ってるのにそういうことを提案するの、まおちゃんだな、きっと。