「姉ちゃん、どうしたん?」


わたしがいる前でお母さんに聞こうとするところ、さすがだと思う。

お母さんのこと、困らせないでよ。


「なんでもないよ」


何かあったことくらいお見通しで、というかこの状況を見ればわかりきっているはずなのに、わたしの返しも下手すぎだ。

お母さんが口を開く前にフォローをするつもりだった。

落とし前くらい自分でつけるよっていう、意地みたいなものもちょっとだけ芽生えたんだけど、やっぱりまだ追いつけなかった。


「ふうん」


気のない返事をしながらも、車が動き出すと薫は肩越しにまたわたしを見た。

色んな行き場のない感情が少しも伝わらないように、瞬きを何度かして見せると、目を細めて眉を下げる。

そんな顔、させたいわけじゃないんだよ。


言葉にするから伝わりすぎてしまうことが世の中にはたくさんあるし、反対に、言葉にしなくても薄らと伝わってしまうことだってある。

隠しておきたいこと、秘して暴かれたくないものほど、輪郭とか片鱗がどこかで見えてしまう。


悔しい。

隠しごとが上手になりたい。

こうやって塞ぎ込むことでしか自分を守れないなんて、情けない。


「久しぶりにドライブしよっか」


「海行きたい。あと、展望台」


お母さんの提案に薫が乗っかる。

海と展望台って真反対なのに。

無茶な要望にお母さんは二つ返事で了承して、車が坂道を下っていく。


小さな音量で流れていたラジオを切って、薫が口火を切ると、今日の出来事や最近あったこと、家族の昔話までどんどん輪が広がっていく。

お母さんと薫が話しているのをずっと聞いていると、小波立っていた気持ちがだんだんと凪いでいって、わたしは上体を起こした。

クッションを抱えて、背もたれに体を預けると、見計らったようなタイミングで薫がわたしに話を振る。


「だよなあ、姉ちゃん。あのとき、お父さんがさあ」


「ああ、うん」


まだ少し声はいつもより低くて、元気がないなあって自分でもわかる。

お母さんも薫も気にした様子はなくて、また話は一昔前へ。


安全運転だけど、スピードを出せる道では一切の躊躇いがないお母さんの運転が好きだ。

逆にお父さんはどんな道でもゆっくり走るから、車線の多い幹線道路に出ると数えきれないくらい追い抜かされていく。


自宅の近くから30分。

景色が開けた瞬間、道路を跨いだ向こう側に海が広がる。

いちばんに窓を開けたのは薫で、助手席の窓から潮騒が聞こえて、次いで潮の香りが入り込んでくる。


ひゅうっと甲高い口笛を空へと放って、薫が天井に向かって両手を突き出した。

わたしも半分くらい窓を開けて、すうっと息を吸い込むけど、瞬間にむせてしまった。