「イリス、そんなに心配しなくて大丈夫だ。道中の警護に問題はない」

レオンは私の様子を見て安全面での心配をしていると受け取ったようだ。

リラが争いに巻き込まれるのが嫌だと散々訴えたからだろう。

車窓の先の景色に目を向ける。

私の視界には入って来ないけれど、この馬車を屈強な護衛が守ってくれているのかもしれない。

「ありがとうございます」

本当のことを言えるはずもなく、私は曖昧に言葉を濁す。するとリラが会話に入って来た。

「ママのなまえリースなんだよ」

無邪気な発言に私はドキリとして答えられずに口ごもる。

リラの質問は当たり前。今までリースと呼ばれていた母親が急にイリスと呼ばれていたら不思議に感じるだろう。

どうしようと思っていると、レオンが変わりに答えてくれた。

「ママは子供の頃にイリスって呼ばれていたんだよ」

「そうなの?」

リラはきょとんと目を丸くする。

「ああ、だからイリスでも間違いじゃないんだ」

「そっか、イリスもリースもママなんだ」

レオンの非常にざっくりした説明にリラはあっさり納得したようだった。

私はほっとして小さく息を吐き、罪悪感のような気持ちが湧き上がるのを感じた。

レオンはリラに嘘を言わない。

私ならなんて誤魔化そうかと考えるリラの質問にも、正直に答えている。

考えてみれば私はリラに隠し事をしてばかりだ。

出生の秘密も、私の本当の名前も、父親のことも。

まだ三歳の子供だから事情を話しても分からないと言うのは当然ある。けれど、それで本当にいいのだろうか。

リラを守る為と勝手に自分で決めて、本当のことを言わないのが正しいと言えるのか。

レオンと離れて平和な町で暮らすことこそがリラの為と思っていたけれど、親子の絆を感じさせるふたりのやり取りを見ているとその考えが大きく揺ぎそうだった。