「ごめんなさい、リラが生まれたことを知らせもしないで姿を消して」

レオンは少し驚いたようだった。

「どうしたんだ?」

「私の選択は間違っていたのかもしれないと思って。リラが生まれたことを知らせずに姿を消したことを正しかったと信じていたけれど、自信が無くなった」

目を伏せると、かたりと椅子を鳴らす音がした。

レオンが近づいて来て私の座る椅子の隣に膝を突いた。ちょうど私と目が合う高さになる。

「俺だって何度も迷い後悔したよ。ルメール男爵からイリスが身を退いたからもう追わないでくれと言われたとき、置いていったことを後悔した。危険でも一緒に連れて行った方が良かったのかと過去を振り返った。それが無理でももっと早く会いに来ていればと……過去をやり直したいと思った。でも」

「でも?」

「もう過去を振り返るのは止めよう。こうしてイリスは戻って来てくれた。リラも一緒だ。まさか自分に娘がいるとは思わなかったが、こんなに嬉しい事はない。俺たちの娘を今まで守り育ててくれてありがとう。慣れない土地で一人でリラを守るのは大変だっただろう?」

レオンの穏やかな声が耳に届き、身体をめぐって行く。

切なさがこみ上げて私はレオンの首に腕を回し抱き着いた。

「うん……本当は不安だった。日に日にお腹が大きくなっていくけど、私に子供を育てていけるのかって、母親になんて成れるのかって散々悩んだ。レオンとはもう会えないと自分に言い聞かせていたけど悲しかった。リラが生まれてからは毎日が目まぐるしくて悩んでいる暇もないほどだったけれど、幸せだったルメールでの日々をふと思い出すの。リラとの暮らしは穏やかで愛情に溢れていたけれど、それでも不意に寂しくなるの」

涙声で訴えると、レオンが私を抱く力を強くした。

「イリスにばかり苦労をかけてごめん」

私はレオンの胸に寄せた顔を横に振る。

「ううん、大変だったけど、苦労とは思ってない」

リラを産んだことを後悔はしていない。

お産が長引いて、苦しくて痛くてもう駄目だと諦めそうになったとき。

一晩中泣くリラを抱っこしながら私も一緒に泣いたとき。

質素な食事に、可愛い服も買ってあげられないような生活。申し訳なさに涙が溢れた。

リラを育てていく中で苦しいことが沢山有った。

だけど、それ以上に幸せだった。

小さくて暖かい身体を抱き締めて眠ると、安らいだ気持ちになれた。

ママ、ママとただひたすらに無償の愛情を向けてくれる我が子を本当に愛しいと思った。

この子だけは絶対に私が大切に守ると決心した。